将棋世界1989年3月号、青島たつひこさん(鈴木宏彦さん)の「駒ゴマスクランブル」より。
1図をご覧いただきたい。▲2六歩の誤植ではない。初手▲3六歩。これを見て「あっあの将棋か」と気のつく方は相当な棋界通である。
昭和60年1月21日。第11期女流名人位戦、林葉直子女流名人(当時)対長沢千和子二段戦の第4局。林葉さんは初手に10分考えた末に▲3六歩と突き、そして勝っている。
「九州大学の学生さんにこんな手もあると教えられまして……」
当時、林葉さんからそんな話を聞いた記憶がある。それをなぜ今ごろ持ち出してきたかといえば、最近男性プロ同士の対局で2局この初手▲3六歩が現れたからである。
1局目は正月に札幌の将棋腕競べで行われた森内俊之(先手)-中村修戦。森内の初手▲3六歩に対し中村の2手目はなんと△3二飛。
まあこの勝負は公式戦ではない席上のお好み対局だから、二人とも多分にファンサービスを意識しての指し手だったと思う。だが、驚いたことにプロの公式戦でもこの▲3六歩がついに出た。
1月23日に収録されたNHK杯の先崎学四段(先手)対谷川名人戦。先手の初手がこれ!
「我ながらエキサイトしやすい性格なんだと思いました。かなりあつくなっているのが自分でも分かりましたからね」
その日の夜、一緒に飲んだ時の谷川名人。ちなみに名人は例の林葉-長沢戦は知らなかったが、森内-中村戦の方はなんと大盤解説を務めていたという。
果たして先崎がそこまで計算してこの歩を突いたのかどうか。どちらにしても、佐藤康光戦の2手目△3二金といい、この新鋭の度胸が常識はずれであることは間違いない。
(以下略)
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「我ながらエキサイトしやすい性格なんだと思いました。かなりあつくなっているのが自分でも分かりましたからね」
温厚な谷川浩司九段でさえ、このような感情を抱いたのだから、初手▲3六歩はかなり刺激的な指し手ということが言えるだろう。
石田流党あるいは三間飛車党の人が後手番の時に、初手▲3六歩を見たら、(俺をバカにしているのか)とやはりアツくなる可能性が高い。私自身がそうだった。
しかし、この初手▲3六歩をとがめる方法は見つかっていない。
将棋は奥が深い。
初手▲3六歩は、最も最近の大舞台では、2005年度のNHK杯戦決勝で渡辺明竜王(当時)が丸山忠久九段に対して指している。
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→中村修七段(当時)「後手番二手目の可能性(4)・・・△7四歩編」