近代将棋1990年8月号、甲斐栄次さんの第56期棋聖戦第1局〔中原誠棋聖-屋敷伸之五段〕観戦記「三冠王、若武者を一蹴」より。
今期、屋敷は内藤國雄九段、森下卓六段、青野照市八段、塚田泰明八段を次々と破り、連続挑戦者となった。ええ、はあ、そうですねェ……と、誰に対しても自ら語りかけることはまずなく、いつも受け身になって愛想良く相槌を打つ小柄な少年の、一体どこにこれだけのエネルギーが秘められているのか、”オバケ屋敷”とはよくいったものである。
先の中原棋聖の就任式には、敗れた屋敷もひょっこり顔を出した。よく来たねェと肩を叩いたら、例によって、ええ、はあ、招待状をいただきましたから……と柔らかな笑顔を見せた。新聞社としては一応、敗者にも招待状を送るものだが、これはいわば社交辞令だから、戦い終えた両雄がそろうケースは珍しい。常に一歩さがって相手の意見に耳を傾けようとする素直な屋敷の人柄がそのまま表れたまでだろう。
(以下略)
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竜王戦就位式では各組1位の棋士も表彰されるので、七番勝負で敗れた挑戦者が就位式に出席することもありうるが、一般的には番勝負で敗れた棋士が就位式に参加するケースは非常に珍しい。
敗れたけれども招待状が来たので就位式に出る、という素直さが、次の期に棋聖位を最年少で獲得するということに結びついたのだと思う。
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素直さ、謙虚さという点で似た話としては、棋士になって2年目の三浦弘行四段(当時)が、連盟職員に「応募の葉書を出さなかったんですけど、羽生名人の就位式に行っていいのですか?」と聞いたというエピソードがある。