「国内、最強の一戦」と言われた決勝戦

将棋世界1994年12月号、木屋太二さんの第25回新人王戦決勝三番勝負第1局〔郷田真隆五段-丸山忠久五段〕観戦記「花も実もある三番勝負」より。

将棋世界同じ号より、撮影は中野英伴さん。

 新人王戦はプリンス郷田と24連勝男丸山の対決。

 丸山34勝5敗。郷田29勝9敗。

 今期の二人の成績。

 この対局時点で丸山は、対局、勝数、勝率、連勝4部門のトップ。郷田は、対局数、勝数の第2位。

A「丸山も郷田も、実によく勝っている」

B「丸山は6月から10月にかけて24連勝した。これは今期最高、史上第2位の連勝記録だ。その後ひとつ負けて1勝。24連勝プラス1で、この決勝戦を迎えた」

C「郷田もすごい。最近22局指して18勝4敗。その4敗は王位戦七番勝負(惜しかった)の対羽生戦。つまり、羽生以外には全勝なんだ。そして、現在6連勝中」

 というわけで、好カード、好勝負。花も実もある三番勝負だ。竜虎相打つ。どちらが勝つかはまったくわからない。

 公式戦のデータは、ただひとつ。前期順位戦(丸山先手)。戦型は角換わり腰掛け銀。117手で丸山の勝ち。

両者互角の予想のまま第1局がスタート。先手は郷田だ。

(中略)

「国内、最強の一戦」

 控え室。こんな言葉が出た。

 翌18日から佐藤竜王-羽生名人の竜王戦第1局がパリで行われる。鬼の居ぬ間の国内最強戦というわけだ。

 特別対局室。丸山が郷田に上座を譲ったのは元タイトルホルダーに敬意を表したものか。

 順位(丸山はC級1組2位、郷田3位)も棋士番号(丸山194、郷田195)も丸山のほうが上。しかし、奨励会に入ったのは郷田が先。タイトル戦でのキャリアもちがう。どうやら、その辺りで上座と下座が決まったようだ。

 郷田の長考、丸山の入玉が控え室の話題となった。

 郷田は長考で勝ちを求めるタイプ。対して丸山は、考える時間は普通だが、息長く指すタイプ。

 短手数なら郷田、長手数なら丸山。勝負のひとつの目安として、手数があげられた。

「二人とも強いからねえ。勢いがある。そこへいくと私は……。ひどいもんです」

 立会人の石田和雄九段が笑わせる。石田九段は第3回と第7回の新人王。決勝戦の相手は桐山清澄九段と故・森安秀光九段(段位は現在)。

 バリバリの若手だった石田九段は、扇子を打ち鳴らし、頭をかきむしりながら戦った。その盤上没我の対局姿が昨日のように思い出される。

 あれから20年。今は時代が変わって、郷田と丸山が新人王を争っている。盤面は矢倉戦。▲3七銀△6四角で流行の局面が出来上がった。

将棋世界同じ号より、撮影は中野英伴さん。

(中略)

「昨年は森内-佐藤康、今年は郷田-丸山。2年連続いい組み合わせになりました」

 主催紙の田中良明記者が、えびす顔で話す。

 新人王戦といえば若手の登竜門として知られているが、ここ数年はタイトル戦にも登場するような実力と人気を合わせ持った棋士が優勝を争っている。新人王を制す者は棋界を制す―と、ちとオーバーだが、そのくらい、この棋戦に対する評価は高い。”新人王”は若手棋士の勲章なのだ。

(中略)

 総手数70。長手数なら丸山、短手数なら郷田の予想が意外な結果となった。

 第2局は10月31日。丸山が連勝するか、それとも郷田がタイに持ち込むか。いずれにしても目の離せない三番勝負だ。

将棋世界同じ号より、撮影は中野英伴さん。

将棋世界同じ号より、撮影は中野英伴さん。

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24連勝している丸山忠久五段(当時)も、直近22局で羽生善治五冠(当時)以外には負けていない郷田真隆五段(当時)も凄い。

「昨年は森内-佐藤康、今年は郷田-丸山。2年連続いい組み合わせになりました」という担当記者の言葉そのものの豪華な対決。

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この時、羽生五冠と佐藤康光竜王(当時)はパリ。

郷田五段と丸山五段のこの頃の勢いから考えれば、「国内、最強の一戦」は決してオーバーな表現ではないことがわかる。

鬼の居ぬ間の、面白い視点だ。

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「郷田の長考、丸山の入玉が控え室の話題となった」

郷田九段の長考がいかに恐れられていたかのエピソード、丸山九段の入玉が恐れられていたことのエピソード、それぞれが存在する。

中原誠名人「郷田君は考えさせたらうるさいからね」

羽生善治二冠(当時)「こういう展開になると『丸ちゃんの恐怖の入玉作戦』の餌食になりそうだ」

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「二人とも強いからねえ。勢いがある。そこへいくと私は……。ひどいもんです」

石田和雄九段らしいボヤキが微笑ましい。

石田九段をまじえての感想戦では、両対局者が笑顔になっている。

将棋世界同じ号より、撮影は中野英伴さん。

「バリバリの若手だった石田九段は、扇子を打ち鳴らし、頭をかきむしりながら戦った。その盤上没我の対局姿が昨日のように思い出される」

石田九段が初めて新人王を獲得したのは1972年。1勝1敗で迎えた第3局は22:30に千日手が成立し、指し直し局を石田六段(当時)が制している。石田六段は、指し直し局の直前に赤まむしドリンクを飲むほど気合が入っていた。

桐山清澄六段(当時)「赤まむしに負けた、おめでとう石田さん」

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この期の新人王戦は、丸山五段が2勝0敗で優勝を決めている。

郷田五段は、新人王戦では敗れたものの、この約1ヵ月後、JT杯日本シリーズで優勝を果たしている。