三浦弘行八段、名人挑戦まであと一歩

昨日のA級順位戦、谷川浩司九段-三浦弘行八段戦は、三浦弘行八段が勝って単独首位となり、名人挑戦にリーチをかけた。

ところで、谷川浩司九段-三浦弘行八段戦というと、故・池崎和記さんが近代将棋2006年3月号に書いた「関西つれづれ日記」の一節を思い出す。

三浦八段らしさ、池崎さんらしさ、がとてもよく描かれている。

私が好きな話であり、好きな文章だ。

(太字が池崎和記さんの文章)

12月某日

A級順位戦の谷川-三浦戦を取材。週刊将棋の仕事だ。

定刻の数分前に関西将棋会館にいったら、あいにく1階のエレベータが止っていた。対局室は5階にあるのに「点検中」とはツイてない。階段を上がっていたら三浦八段の後ろ姿が。

ツイてない人がここにもいた。

三浦さんは大きなバックを2つ持っている。群馬県に住んでいるから前夜は大阪に泊まったはずだが、バッグを持参したところを見ると、この日の宿が取れなかったのだろう。

谷川九段4勝1敗、三浦八段1勝4敗で迎えた6回戦。立場は違っても、どちらも負けられない将棋だ。

その大勝負が午後3時前に千日手になった。後手(谷川)一手損角換わりから手詰まりになり、どちらも打開できなかった。千日手になると30分の休憩がある。その休憩中に谷川さんから「最後まで付き合ってください」と言われた。終局が遅くなるから覚悟しておいてくださいよ、という意味だ。

指し直し局は三浦八段ペースだったが、終盤にかけて谷川九段が盛り返し、谷川九段の勝利。

終局は午前1時45分で、検討は3時20分まで。この時間の長さが本局の難しさを物語っている。

控室で少し時間をつぶしてから外へ出ると身を刺すような寒さだ。少し飲んでから帰ろう。そう思って駅方面に向かっていたら、途中で三浦さんとバッタリ。コートを着て首にマフラーを巻き、両手にバッグを持っている。朝見たのと同じ格好だ。

「ホテルが取れなくて」と三浦さん。

やはりそうだったか。近くのホテルに空きはないかと聞きにいったら、やはり満室だったので引き返してきたのだ。将棋会館に泊まるつもりだろう。

「三浦さん、おなかはすいてません?」

「はい、少し…」

「じゃあ、軽く食べに行きませんか」

何年か前、三浦さんと二人で居酒屋に行ったことがある。この話を東京の記者にすると、みんな「へーっ」と驚くのだが、彼は本当に気さくな人で、実はお酒も少し飲めるのである。

そんなことがあったので、僕はいい機会だと思って誘ったわけ。

三浦さんはノータイムで「行きます」といったが、少し考えて「いや、きょうはやめときます。風邪をひいてるんです」と言った。

「ああ、風邪ですか。それでは無理ですね。体を大事にしてください」

「はい、すみません」

こうして別れることになったが、暗い夜道を一人で歩いている三浦さんの後ろ姿を見ていたら、僕はまるで自分が当事者になったように心が痛くなった。