森下卓九段の男気

気持では思っても、実行できる人はなかなかいない。

森下卓九段の独身時代の快挙。

近代将棋1996年3月号、中井広恵女流王将「棋士たちのトレンディドラマ」より。(段位等は当時)

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ある日のこと。島八段と森下八段が喫茶店でお茶を飲んでいた。

お二人は家が近いこともあって、時々こうして将棋の話や雑談をしにくるらしい。

土地柄、お洒落なお店も多く、中でもそこはトレンディ棋士を代表する島八段お気に入りの店。

特に最近、喫茶店に入るのが好きになったのでは?という森下八段も、お店選びにはちょっとうるさく、まずは静かでウェイトレスさんの態度の良い(器量も良い)という条件に当てはまる落ち着いた雰囲気のお店らしい。

ところが、そこへいかにも柄の悪い、もしかしたら、その筋の人かもしれないような男が入ってきて、大きな声で怒鳴り始めた。

うるさいなぁと思いながらも、我慢して話を続けていた二人だったが、その男がお店の女の子に絡みだした瞬間、島八段より先に森下八段がスックと立ち上がった。

「迷惑ですから、やめてもらえませんか」

今にもつかみかからんばかりにその男に立ち向かっていったのだ。

これには島八段もびっくりしたという。というのも、森下八段は超という字が付くほど温厚な性格で、普段怒ったところを見たことがないという人。

その彼がこんなに興奮したのを初めて見たのだ。

相手はどう見てもその筋の人。森下八段に何かあってはと、急いで彼を連れて店を出たそうだが、幸い勇気ある態度のおかげで、男もおとなしく引き下がったそうだ。

以来、森下八段はそのお店の救世主として一目置かれているという。