トイレットペーパーの秘密。
近代将棋2004年5月号、橋本真季さん(現・磯辺真季さん)の「やっぱり将棋やね!」より。
「えらいこっちゃ」と思っているときほど頭の中は妙に冷静で、本当に考えなくてはならないこととは全く違ったことに思いを巡らせていたりする。
その日、トイレに入った瞬間「なんと粋な」とつぶやいていた。関西将棋会館5階のトイレ。何度も入ったトイレなのに今までなぜそのことに気付かなかったのだろう。いや、気付かなくて当然か。もうそれが使われなくなってずいぶんになるのだから。しかし、かつて使っていたそれを選んだ人の粋な計らいに誰もが気付いていなかったとすれば、ぜひ知らせなくてはなるまい。かつて関西将棋会館内で使われていたトイレットペーパーが「AQ」という名前だったことを。
いつも変なネーミングだなと思っていたが、これってエイキュー、つまりはA級をもじっている「ゲンのいい」トイレットペーパーだったのである。
大発見だ!と思ってドアを開けると忘れていた現実が待っていた。そうだ、今日は将棋大会だったんだ…。
この日は、関西女流アマ名人戦が行われていた。
関西アマ女流アマ名人戦の過去最高の成績は何年も前のBクラス準優勝。その次の年に再度Bクラスにチャレンジしようと思ったら「上のクラスよ」とAクラスに送り込まれてしまった。それが悲劇の始まり。Aクラスは将棋も空気も今までとは全く違う「ものすごい戦いの場」だった。
それまではなんとなく指していたらなんとかなったのに、Aクラスの人と指したとたん「定跡」という高い高い壁にブチ当たることになってしまった。みんな得意戦法を指しこなし、道場に通い、仲間と研究会をしていろんな変化をバッチリ頭に叩き込んでいた。レベルが全く違うのだ。まあなんと今までヌクヌク過ごしてきたのだろうかとがっくりしてしまった。しかし、そんなことでへこたれちゃいけない。今年はここ数年この日と重なっていた仕事をキャンセルして、久しぶりに壁にブチ当たろうと決心したのであった。
ところが勇気を振り絞ったのに神様は意地悪だった。予選1局目でなんと優勝候補の室谷由紀ちゃん(現・女流初段)に当たってしまったのだ。彼女は飛車を5筋に振った。ゴキゲン中飛車。いきなり高層ビル級の壁の登場だ。
どんなんやったっけ? うろ覚えの知識をたぐっても何も浮かばない。とりあえず舟囲いにして5筋以外の奇数の歩を突いておいた。
この戦法は王手飛車の筋があって怖いはずだったと思うが、時計が気になって何を考えているのか解らなくなる。数手後、由紀ちゃんが首を傾げた。盤面を見たら王手飛車だった。アホや。
がっくりしてトイレに行き、例の大発見をしたが、そんなことを話してる場合ではない。
(以下略)
—–
磯辺真季さんは将棋普及指導員。
近代将棋のプロフィール欄には、
関西圏を中心に将棋普及指導員として活躍中。
趣味:晩酌、マイブーム:黒糖焼酎「朝日」
とある。
現在は結婚をして、関東を中心に活躍をされている。→女性のための将棋教室
今期名人戦第1局、昨年の竜王戦第6局では、BS放送での聞き手を務めている。
—–
磯辺真季さんがBS放送へ出演したことの反響はかなり大きく、”磯辺真季”をキーワードとした検索エンジン経由でのこのブログへのアクセス数は次の通りだった。
竜王戦第6局 475件
名人戦第1局 1070件
—–
それにしても、トイレットペーパー「AQ」が”A級”をもじって置かれているとは、誰も気が付かないことだと思う。
アルキメデスが風呂に入っていた時に「アルキメデスの原理」のヒントを発見したと言われるが、風呂やトイレでいろいろと思いつくことがあるのかもしれない。