運の良い棋士とそうでもない棋士(前編)

近代将棋1995年3月号、中井広恵女流名人(当時)の「棋士たちのトレンディドラマ」より。

 棋士の中にも、勝負強い人間と勝負弱い人間、又、運が良い人とそうでない人がいる。

 運が良い人間では、一番に林葉直子の名前を挙げたい。

 彼女は呆れるほど運が良い。泉の如く湧き出てくる。

 以前にもどこかに書いたと思うが、彼女と山田久美二段の三人で金沢へ仕事に行った時のことだった。

 私と久美ちゃんは先方がとってくれたチケットを持って羽田空港に向かったが、直子ちゃんは博多からのチケットをキャンセルして羽田空港から乗ろうとしたため、満席でキャンセル待ちをしなくてはならない。

 しかもキャンセル番号は100番を超えている。

 久美ちゃんと、

「直子ちゃん、どうするんだろう? 他の飛行機に乗れるかなぁ。今日中に着かないと仕事に間に合わないよ」

と心配していたら、タラップを降りるとき直子ちゃんが”ニッ”と笑ってるではないか。

「乗れたの?」

と驚いて聞くと、

「そうなの。キャンセル待ちの人が殆ど他の航空会社に行っちゃって、乗れたの」

と、何事も無かったような顔で話す。

 久美ちゃんと二人で、

「何て運がいいヤツ」

と叫ばずにはいられなかった。

 こんな話もある。

 札幌での仕事の帰り、彼女は東京へ行かなければならないのだが、例によってチケットをとっていない。

 空港まで皆と一緒に行ったものの、冬休みでどの飛行機もやはり満席。キャンセル待ちも長い列を作っている。

 そこで彼女はどうしたか? 彼女は何と函館行きのチケットをとり、函館から東京へ入るルートを思いついた。

 函館へ向かう飛行機の中で、彼女は隣の座席に座っていたおじさんと、何げない会話をする。

「東京へ行かなければならないんですけど、きっと満席ですよねぇ」

 このまま、そうでしょうね・・・で終わってしまうのが普通の人間だが、そこが彼女の超人的運の持ち主と言われるところ。

「私が席を取ってあげましょう」

 これだけでもラッキーなのに、さらにおまけが付く。

 何と、取ってくれた席はスーパーシート。しかもお金はいらないという。

 こんな事が世の中にあっていいものだろうか。現代のわらしべ長者のような話だ。

 でも彼女はそれが当然だと思っているところが恐ろしい。

(つづく)

—–

私が生まれて初めて飛行機に乗ったのは羽田→福岡便。27歳の時だった。飛行機奥手と言ってもいい。

座席はスチュワーデス席の前。離着陸時に二人のスチュワーデスさんがこちらを向いて目の前に座っていて、目を合わせるわけにもいかず、その間は機内誌を読んでいた。

「飛行機に乗るの初めてなんです」

と話しかけるのも絶対に変なので、ずっと黙っていた。

黙ってはいたが、こういうことがビギナーズラックなんだろうなと、福岡に着くまで思い続けていた。

—–

福岡の後は札幌に向かわなければならなかったが、福岡→千歳便に適当な時刻の便がなかったので、羽田経由で札幌へ向かうことにした。その福岡→羽田便でのこと。

機内は結構空いていたので、私の列は私一人だけだった。

富士山を過ぎる頃、スチュワーデスさんがこちらにやってきて、

「あそこが富士山なんですよ。夕陽に映えてとても綺麗ですよね」

と、しみじみと説明してくれる。

突然のことだったので、

「そ、そうですね」

と相槌しかうてなかったが、ビギナーズラックがまだ続いていると思った。

私も、飛行機に関してだけは運の良いほうだったのかもしれない。