振らぬなら、振らせてみよう(前編)

第一期竜王戦六組決勝は佐藤康光四段-先崎学四段戦だった。

昨日の記事で出てきた二手目△3二金が初めて指された一局だった。

将棋マガジン1990年4月号、リレーエッセイ「忘れ得ぬ局面、忘れたい局面 先崎学四段の巻」より。

 決勝の相手は憎っくき佐藤康光―親友に対して憎っくきとは変だが、仲が良い程、盤上では負けたくないものだ。四段に上がって、初めて石にかじりついても勝ちたいと思った。おれは密かに研究を重ねた。

 竜王戦は振り駒である。当日まで先後はわからない。まず先手番だが、これは指し慣れた相掛かりで、十分に戦えると判断した。問題は、歩が多く出て、後手番になったときである。

(中略)

 絶対に研究量の差が出る戦いにしてはいけない。なにしろおれは、麻雀、パチンコ、○○、○○、なる、○などで遊び歩いているとき、敵は将棋の研究をしているのだ。

(中略)

 おれは一つの事実に気が付いた。

「佐藤康光は飛車を振らない」

 確かに振飛車の棋譜は一局もない。ちょっと驚いたが、別に気に留めなかった。この大事な一戦に、指し慣れぬ戦法で来るわけがない。

―やはり指す戦法がない。

(中略)

 ところが、その日の夜変な夢を見た。気持ち悪い夢だったが、今でもリアルに覚えている。

 おれは風呂に入っていた。夢だからはっきりとは分からないが、たしか自宅の風呂だった。

 そこにいきなり、猿そっくりの男が裸で入って来て、ちょっとしなを作り、

「鳴かぬなら、鳴かしてみようホトトギス」と言った。奴は、おれが腰を抜かしていることをいいことに、

「余は太閤じゃ、まあまあよいではないか」とまくしたてながら、襲ってきた。

「ギャァ―――ヤメテクレェ―――」

 そうか秀吉はオ○マだったのか。おれは大声でわめきながら奴の顔を百叩きにして、股ぐらに蹴りを入れてやった。

―間一髪セーフ。そこで目が覚めた。

(中略)

 だが、この夢は素敵なヒントをおれに与えてくれた。「振らぬなら、振らせてみよう」

―この手があったじゃないか。

 その結果生まれたのが1図。勿論意表を衝くだけでなく、丸三日十分研究した。絶対に悪くならない自信があった。具体的にいうと、銀冠と位取りと、急戦の三段構えで指すのである。

 また△3二金と指せば、彼の性格では、100%振ってくると思った。居飛車でくるなんて考えられない。だから研究し易かった。

 

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(つづく)

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それにしても、自宅の風呂に突然 猿そっくりの男が裸で入ってきたら…

想像しただけでイヤになってしまう。

というか、真面目に考えてみると、嫌だとか何とか言う前に、幽霊が出てきたのと同じくらいビックリするのだろうなと思う。