泉正樹六段(当時)「続・さわらぬ彼に不満あり」

将棋世界1994年4月号、泉正樹六段(当時)の「後手必勝 急戦矢倉」より。

 恋は一種のゲームとよく耳にする。

 将棋同様、押したり引いたり相手に歩調を合わせる柔軟な大局観が必要とか。

 私の場合、戦略があまりに単調なため、相手に狙い筋を簡単に読みきられてしまいがち。二十代前半では、角交換からいきなり王手をする奇襲が常套手段だった。

 これでは成功するはずもなく、失敗の度に自信喪失。

 対女性となると意識過剰になるからいけない。悲しいかな、相手の指し手も読み取れずで、「泉さんていい人だけどよく解んない」なんて言われると、たしかに自分自身訳が解らなくなり、勝手に嫌われていると解釈。

 あきらめも早いのが特徴で、倒れてもすぐ起き上がる”ネバーギブアップ”の魂のかけらもありません。

 反対に成功する人は、敵に少々叩かれてもくじけない。スッポンみたいに一度食いついたら絶対に離れないから、相手も妥協して気をゆるしてしまうのだろう。

 ねばり腰にかけても、若乃花並みの強靭さ。ただちに自分の言動をわびて、あらためて敵の堅いガードを振りほどいていくから感動もの。女性の立場から見れば、さながら白馬にまたがった王子様なのでしょうね。

 残念ながら、私はこの種の根気は持ち合わせておらず、無駄な戦いを挑んでいるような空気に襲われ退却を決意。

 それでも、なんとかかんとか終盤までたどりついたこともあります。

 5年程前、ぐっすり寝こんだ夜中の二時頃、「泉ちゃん、あたし、だ~れダ」てな具合に突然の誘惑テレホンライン。

 彼女の正体は行きつけのスナックの人気娘。私が彼女に気があることは、うすうす感づいているから、いつまでたっても誘い出さない軟弱男にヤキモキして手がかりを与えてくれたのだろう。

 デートを二、三度重ねて、互いの気心も多少解るようになり、お酒を交えての話だから普段よりリラックスできる。

 めずらしく好調を維持する野獣猛進といったところだ。

 彼女もそんな少し酔い加減の私を気に入っているみたいで、「朝まで飲んじゃおうか」なんて意味深な発言も飛び出す程。

 このポーズはおそらく、紛れもない”あなたにぞっこんおニャンコ態勢”のはずで、ここで冷静に形勢判断をくだせば、十中八、九私の勝勢あるいは必勝形とみなす人が多いだろう。ところが、彼女の先程の言葉を真に受け、さらに飲み続けるから形勢混沌。

 必然、終電もアウトの形となり、彼女は私に身をもたれ、「タクシーで送って―」の期待をこめた甘いゼスチャーで急接近。

 酔った頭で、どうするべきか慎重に考えていると、「将棋の先生って女に恥をかかしても平気なの」と怒った様なふくれっ面。

 大抵この辺までくると、世の飢えた群れ達はぬかりなく正解手の連続で、敵の玉を詰み上げる(あたり前ですね)。

 野獣猛進たるもの、そんな常識手順は習っていない。良く言えば純粋、悪く言えば鈍いのだ。

 長考の末、3通りの変化を結論づけた。

1.朝まで飲み続け、カラオケで勝負。

2.とりあえずネオン街を散歩し、出たとこ勝負。

3.彼女を家まできちんと送り届け、やはり出たとこ勝負。

 さて、何ともバカバカしいクイズとなりましたが、私のとった行動は3つの中のどれでしょう。

(つづく)

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この時代の深夜の2時にこのような電話があれば、たしかに好感を持たれていると思って間違いない。

ただし、好感までなのか、そこからさらに進んだ感情なのかは、ケースバイケース。

泉六段(当時)に電話をかけてきた女性の想いは後者の方だった。

(明日に続く)