「後でゆっくり切り刻んでやる。納屋に放りこんでおけ」

将棋世界1991年5月号、内藤國雄九段のエッセイ「名人」より。

 映画や物語に出てくる主人公は容易なことでは殺られない。

 端役はいとも簡単に消されてしまうが、主人公は絶体絶命のピンチに陥っても殺されることがない。

 「後でゆっくり切り刻んでやる。納屋に放りこんでおけ」

 悪の親分が、他の者はウンもスーもなく殺してきたのに、主人公にだけはそうしない。

 納屋に放りこまれた主人公はそこから脱出し、最後に悪の親分をやっつけてしまう―という結末になるのが定跡。

 将棋界でタイトルをとる男、名人になる者はこの主人公を思わせる。強運である。

 だれが見ても駄目だと匙を投げるようなピンチを、どういうわけか切り抜けて最後の勝負をものにする。

 タイトル取得数と、必敗局を拾う数は正比例するのである。

 必勝局を気の毒なほど落としてきた升田幸三(実力制)四代名人も、三大タイトルを独占する時は、幾つか拾い勝ちをしている。

 実力の上に運が伴わなければタイトルはとれない。

(以下略)

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「後でゆっくり切り刻んでやる。納屋に放りこんでおけ」は、たしかに今までにテレビドラマや映画や小説で、数多く使われてきた定番の台詞だ。

納屋に放りこまれて死んだ主人公は皆無。

一緒に放りこまれた人がいる場合は、納屋から逃げる時に一緒に放りこまれた人が殺されているケースが多い。

内藤國雄九段のエッセイ、非常に奥が深い。

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ハリウッドに目を転じて、アーノルド・シュワルツェネッガーとスティーヴン・セガールとブルース・ウイルスとシルベスター・スタローン。

4人とも国際テロリストや世界的な悪と戦う映画の主人公を務めているが、それぞれ持ち味は違う。

一本の映画で流す血の量では、

ブルース・ウイルス>スタローン≧シュワルツェネッガー>セガール

困難が降りかかってきた時、運にも助けられる比率では、

ブルース・ウイルス>スタローン=シュワルツェネッガー>セガール

そういう意味では、タイトル保持者は、映画でいえば『ダイ・ハード』のブルース・ウイルスのような運が実力の上に加わっているということになるのだろう。

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私はスティーヴン・セガールの映画が好きなのだが、将棋はギリギリの戦いになるので、スティーヴン・セガールの映画の世界のような、「大きな困難やピンチがなく、ほとんど無傷のまま一方的に敵を壊滅させる」ようなことは少ない。

スティーヴン・セガールの映画の世界に近い棋譜ということになると、振り飛車名人の大野源一九段の将棋が思い浮かんでくる。

大野の中飛車(1)

大野の三間飛車(1)前編

大野の三間飛車(1)後編