浦野真彦七段(当時)「ダメですよ、森内君をあんなに負かしちゃ」

近代将棋1999年7月号、故・池崎和記さんの「普段着の棋士たち 関西編」より。

某月某日

 森内-丸山の全日本プロ(決勝第2局)取材のため倉敷へ。

 対局場は大山名人記念館と隣接した芸文館の和室。5年前に米長-羽生の名人戦があり、3年前には羽生-谷川の竜王戦あったが、全日本プロの倉敷対局は今回が初めてだ。

 倉敷市が主催している倉敷藤花戦の第2局と第3局は毎年ここで行われていて、そういえば5年前、私はここで林葉直子さんと清水市代さんの対局を見たのだった。例の失踪騒動があった直後で、林葉さんは「おみやげです」といって私にセーターを、妻にマフラーをくれた。あの林葉さんはいまどうしているんだろう。消息をまったく聞かないが、ちょっと気掛かりなことだ。

 第2局は横歩取りの将棋で、開局早々、森内八段から大胆な仕掛けが飛び出したが、丸山八段にうまく受け止められ、結果は失敗。仕掛け自体が無理だったらしい。

 東京での第1局もそうだったが、森内さんは動き過ぎている感じがする。本来は受けの勝った棋風なのに、どうしたことか。丸山さんが相手だと”攻め”の衝動がふつふつと沸き起こってくるのだろうか。

 終局直後の対局室は空気が凍りついていた。二人とも一言も発しないのだ。駒には手をふれず、ただ黙って向かい合っているだけ。感想戦が始まる気配はさらさらない。森内さんの無念さがわかるだけに私も声をかけられない。仕方がないから二人にお付き合いして、沈黙の中に身を置くことにした。

 控え室からはだれもやって来ない。モニターテレビの画面が動かないので終局に気づいていないのだ。いつまでも結果を報告しないのはまずいので、3分ぐらいたってから(ひょっとしたら5分は経過していたかもしれない)、記録係の藤内三段に「控え室に終わったと伝えて下さい」と頼んだ。

 打ち上げのあと、森内さんを誘って外へ出た。浦野さんが加わっての3人マージャン。結果は森内さんの一人負けで、浦野さんはトントン。深夜、ドシャ振りの雨の中、小走りでホテルに帰り着くと、浦野さんが小声で私に「ダメですよ、森内君をあんなに負かしちゃ」と言った。

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全日本プロトーナメントの決勝は五番勝負。

この期の決勝五番勝負は、森内俊之八段(当時)が丸山忠久八段(当時)に3連敗で敗れているが、その第2局のこと。

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この第2局、森内八段は▲2三歩(1図)と仕掛けた。

19992

△2三同銀は▲3三飛成△同桂▲7七角打があるので、後手の丸山八段は△2三同金。

以下、▲3三飛成△同銀▲2四歩△2二金▲2三角(2図)と森内八段は強襲する。

19992_2

▲2三角で決まったかに見えたが、丸山八段は△3二金と受けの強手で応じる。

以下、▲5六角成△2二歩と進んで、後手陣に付け入る隙がなくなってしまった。

第1局は勝負所での自重がたたって完敗、第2局は急襲をかけて失敗と、番勝負の流れの中で森内八段にとって辛いことこの上ない展開。

凍りついた感想戦、そして、その夜の麻雀・・・

浦野真彦七段(当時)の「ダメですよ、森内君をあんなに負かしちゃ」という言葉が深い。

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