羽生善治王座が2004年王位戦第2局でオムライスを頼んだ理由

将棋世界2004年10月号、高林譲司さんの第45期王位戦〔谷川浩司王位-羽生善治王座〕第2局観戦記「充実の羽生、1-1のタイに」より。

 7月26日の昼すぎ、王位戦一行は北海道のオホーツク紋別空港に降り立った。あいにく、空をひっくり返したようなどしゃ振りの雨と雷。波乱の対局地入りではあるが、東京で連日40度近い酷暑にさらされて来た身にとって、むしろ爽快でさえある。

 時分どきなので、対局場のホテルに着くとさっそくみんなで昼食。焼きソバだったりホッケ定食だったりオムライスだったりビーフシチューだったり、それぞれが勝手に注文したが、何をとっても量の多さはさすがデッカイドー北海道だ。

(中略)

 北海道の紋別市は勝浦修九段の出身地。今年は紋別市の市制50周年にあたり、王位戦誘致はその記念事業のひとつとして数年前から主催紙、紋別市、勝浦九段の三者間で話し合われてきたことだった。3年前にはその前哨戦として女流王位戦が行われている。

 前夜祭の席上では赤井市長から勝浦九段に、よくぞ王位戦を当地にと、感謝状が贈られた。「故郷での王位戦開催は感無量。しかも最高の顔合わせとなりました」と勝浦九段。今回は正立会人、大盤解説、地元の少年少女への指導対局とまさに大車輪の活躍で、それに加え、余暇は囲碁、夜は酒と、休む間もない三日間となった。副立会人は同じく北海道出身の日浦市郎七段。

 その席上、谷川は「羽生さんとの将棋はどんな戦型になるか、ファンのみなさんと同じように私自身も楽しみです」とあいさつ。羽生は「ファンのみなさんに喜んでいただけるよう、白熱した戦いにしたい」と語った。二人の視線の先にあるのは、常に将棋ファンだ。

「二人を直に見られるなんて、一生に一度だな」とはパーティーに出席した地元ファン同士の感激の会話。

 前夜祭が終われば、場所を記者室に移して関係者による飲み直し。前夜祭を終えた安堵で話もはずむ。王位戦、北海道対局の名物は、何といってもジャガイモだ。バターもよし、塩だけでもよし。しかし新鮮なイカの塩辛を乗せて食べる男爵イモほどうまいものはない。一年に一度会う人たちとの交流もタイトル戦の楽しみのひとつ。ただし両対局者はあずかり知らないところで、明日の戦いに備え、自室で熟睡しているはずだ。

(中略)

 一手一手に時間を投入し、対局一日目はゆっくりと駒組が進んでいく。▲3八銀と美濃囲いを築いたあと、羽生が次の手を考慮中に昼食休憩。

「きのう、高林さんが食べているのを見ておいしそうだったので」と羽生はニコッと笑ってオムライス。谷川がきのう羽生が食べていたアンカケ焼きソバを注文したのは、黙ってはいたが、やはりえらくおいしそうに見えたのだろう。対戦相手が食べたものなんか食べるものかという棋士もいるだろうが、谷川はこだわらない。もっとも、対局者同士、口もききたくないという特別な感情があったら話は別。谷川と羽生には歴史的な勝負を繰り返してる間に、自分の将棋を理解してくれるのはこの人だけだという他者の立ち入れない格別な信頼関係が生じたと私は見ている。

(以下略)

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別の人が頼んでいたメニューが美味しそうで、、(今度この店に来たときは、そのメニューを食べてみよう)と思うことはしばしばあることだ。

これが二日制のタイトル戦の場合、

  1. 一日目の昼食で対戦相手が食べていたものを二日目に注文する
  2. 対局前日に他の人が食べていたものを一日目に注文する

の、いずれかの形となって現れることがある。

上の高林譲司さんの観戦記では2のケース。

ところで、到着した日の昼食、谷川浩司王位(当時)は何を頼んでいたのだろう。

ホッケ定食とビーフシチューのいずれかと思われるが、地元出身の勝浦修九段がホッケ定食のような感じがするので、谷川王位はビーフシチューであった可能性が高い。

この対局の二日目の昼食は、両対局者とも幕の内弁当。(将棋棋士の食事とおやつによる。以下も同様)

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ところで、羽生善治名人は、1のパターン(一日目の昼食で対戦相手が食べていたものを二日目に注文する)を採用することも多い。

直近から見ていくと、(タイトル・段位は当時)

2014年王位戦

第1局:能登豚丼(一日目に木村八段、二日目に羽生王位) ●

第3局:特製海鮮ちらし(一日目に木村八段、二日目に羽生王位) 持将棋

2014年名人戦

第3局:「カイロ堂」の極上カルビ焼肉弁当(一日目に森内名人、二日目に羽生三冠) ◯

2013年王位戦

第5局:親子丼(一日目・二日目に行方八段、二日目に羽生三冠) ◯

2013年名人戦

第3局:磯丼(一日目に森内名人、二日目に羽生三冠) ◯

2010年王将戦

第3局:海鮮チャーハン(一日目に久保棋王、二日目に羽生王将) ●

第4局:シーフードピラフ(一日目に久保棋王、二日目に羽生王将) ●

第5局:熊野牛山椒焼き(一日目に久保棋王、二日目に羽生王将) ◯

「きのう、高林さんが食べているのを見ておいしそうだったので」と話してオムライスを注文した当時の羽生王座の精神は、今も実践され続けている。

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この対局が終わった翌日の2004年7月29日、羽生王座(この当時は一瞬の間だけ一冠だった)が流氷砕氷船「ガリンコ号」の操舵室に入ってとても楽しそうにしている写真が巻頭グラビアに載っている。

また、観戦記のページの写真には、二日目から紋別に着いた山田久美女流三段(大盤解説、指導対局担当)、勝浦九段などと一緒に、羽生王座はゴマちゃんランドでゴマフアザラシと遊んだと書かれている。

床に多くのアザラシが寝転んでおり、アザラシが非常に愛おしく感じられる。

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この第45期王位戦第2局は、昨日の王座戦第4局のネット中継でも言及されていたが、昨日の王座戦第4局と同じような戦型となった。

谷川王位の5筋位取り中飛車に対して羽生王座の居飛車急戦。

羽生谷川2004年王位戦第2局1

1図から谷川王位は▲5六銀、昨日の豊島将之七段は▲7八金と進んでいる。

△7四銀△3三銀型が羽生流の指し方。

対谷川王位戦では、▲5六銀△8五銀▲7五歩△7六銀▲6八角△8七銀不成以下、羽生王座の勝ち。

昨日の対豊島七段戦は、▲7八金△6五銀▲7五歩△4四銀▲4六銀△7四歩▲同歩△7二飛の展開となり、豊島七段の勝ち。

これからも、この戦型はいろいろと研究されていくに違いない。