羽生善治六冠(当時)と大安の木曜日

将棋世界1995年10月号、巻頭グラビア「羽生善治六冠王、畠田理恵さんと婚約を発表」より。

 7月28日、かねてから交際が噂されていた羽生善治六冠王と女優畠田理恵さんの婚約が発表された。この日の前日に羽生六冠王から畠田さんに指輪(話題になった特大のダイヤ)、そして畠田さんから羽生六冠王にスーツの贈りものを交換しあい婚約の証とした。

 昨年の9月、「はつらつ」という雑誌の対談で知り合った二人、積極的なアプローチをかけたのは六冠王の方だった。まずは森下八段を誘って畠田さんの出演する『向島物語』を観劇、その夜に早速都内の有名ホテルで会食。その後は六冠王が電話攻勢をかけたという。

 知りあってわすが数カ月で、羽生にとって畠田は「明るくて、しっかりとした自分の考えを持っている人」と映り、そして畠田にとっての羽生は「この方だったら一生、尊敬と信頼を持ってついていける」存在となった。若い情熱の加速力は眩しいばかりである。

 そして今年の4月、名人戦の季節に都内の駒沢公園で「お互いの仕事が落ち着いたら結婚しよう」と羽生がプロポーズ、畠田さんは二人の職業柄、仕事が落ち着く時なんかないのになあと思いつつ、ハイと答えたという。

 挙式は来春の予定である。

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「かねてより交際が噂されていた」と書かれているが、その発端はスポーツ紙の記事。

将棋世界1996年6月号、大崎善生編集長(当時)の「編集部日記」より。

4月20日(木)

 羽生さんと畠田理恵さんの熱愛発覚の記事がスポーツ紙に。羽生が何かをすれば、ワッと記事になる。本人には気の毒なことだが、未だかつてこれ程までに将棋が注目されたこともないのではないだろうか。一人のスターの出現がその世界をあっという間に変えてしまう、という米長九段の予言を思い出すこの頃である。

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4月20日は名人戦〔羽生善治名人-森下卓八段〕第2局が終わった翌日のことだった。

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この年は、棋王戦、名人戦と続けて森下卓八段(当時)が挑戦者となっている。

これも不思議な縁なのかもしれない。

「森下さんには非常に感謝しています」

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当時の将棋マガジンの婚約記事も併せて読むと、ほとんどの情報を網羅することができる。

羽生善治六冠(当時)婚約記事

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婚約発表のあった前日の7月27日(木)が羽生善治六冠(当時)と畠田理恵さんの実質的な結納の日で、この日を調べてみると大安。

また、結婚式は1996年3月28日(木)で、この日も調べてみると大安。

このように見てみると、羽生善治六冠と畠田理恵さんの結納・結婚式は「大安の木曜日」で押えられていたことがわかる。

念のため、スポーツ紙が二人の交際を報じた4月20日を調べてみると、偶然にもこの日も大安で木曜日だ。

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棋士の結婚式は大安あるいは友引に行われることが多いのだろうか。

過去のブログ記事などから棋士の結婚式が行われた日を検索し、その日の六曜を調べてみた。

中原誠十六世名人 1971年10月13日 友引

井上慶太九段 1992年4月5日 大安

谷川浩司九段 1992年10月3日 仏滅

森信雄七段 1994年1月12日 赤口

藤井猛九段 1996年3月31日(日) 友引

深浦康市九段 1996年9月28日 大安

森下卓九段 結婚式 1997年10月10日大安 披露宴 1997年11月23日先負

鈴木大介八段 1998年4月11日 大安

森内俊之竜王 2002年11月3日(披露宴) 先勝

渡辺明二冠 2004年2月29日(結婚記念日) 大安

佐藤康光九段 2004年8月1日 先負

たまたまかもしれないが、羽生世代よりも若い棋士(深浦九段、鈴木八段、渡辺二冠)が、揃って大安。

羽生世代から年代が上の棋士は、大安・友引派(中原十六世名人、森下九段、井上九段、羽生名人、藤井九段)とこだわらない派(森七段、谷川九段、佐藤九段、森内竜王)とほぼ同数に分かれている。

結論としては、棋士の結婚式は大安あるいは友引であることも多いが、そうではないことも多い、ということになりそうだ。

 

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