羽生善治二冠(当時)の「助からないと思っても助かっている」

将棋世界2005年1月号、関浩六段の「公式棋戦の動き」より。

王将戦

 居飛車穴熊を目指した羽生に久保が角交換を強要し、互いに動きにくい展開になったが、羽生の打開策に久保は軽快なサバキでペースを掴んだ。

 終盤の5図、△8六桂で誰もが久保の勝ちを信じた。

羽生久保1

 ▲6一銀不成は△7九竜で後手の勝ち。先手玉は必至で後手玉は詰まない。だが、羽生は平然と指し手を進める。実戦は▲8六同歩△8七桂▲9八玉△7九桂成▲5二と△7八成桂▲9九金……。

羽生久保3

 驚いたことに、最終▲9九金で先手玉は寄せにくい。6六に脱出口が開いているからだ。

 数手後の6図。まだ久保が残しているかと思ったが、羽生の指し手は速い。

羽生久保2

▲7二銀成△同銀▲6二と△7九銀▲7二と△同玉▲4二飛成△6二銀▲7八金打△5一金▲4三竜以下、羽生の勝ち。

 スピードアップの▲7二銀成があった。

羽生久保4

 最終▲4三竜は角取りだけでなく、▲7九金△同馬▲8四桂の頓死筋をも睨んでいる。羽生の懐の深さを感じさせる一局だった。

——–

5図の△8六桂は次の一手のような妙手。

▲8六同歩△8七桂に▲同銀は△7九竜で先手に勝ち目がない。

どう考えても先手に望みがなさそうな局面。

ところが、▲9九金(途中図)で見事に受かっている。

△7八とでは△8九とも考えられるが、先手玉は6六から逃げられることが確定的なので、先手の脅威にはならない。

これは羽生マジックでも何でもなく、しかし受かっているという不思議な雰囲気のする流れ。

羽生流の「助からないと思っても助かっている」。

将棋の格言で実際の人生に応用して役立つものは非常に少ない(例えば「不利な時は戦線を拡大せよ」は、日本陸軍のインパール作戦に代表されるように戦況を更に悪化させるし、企業活動においても最もやってはならないこと)。

しかし、格言ではないけれども、大山康晴十五世名人の「助からないと思っても助かっている」は、心に焼き付けておきたい言葉だ。