森信雄六段(当時)「淋しいなあ」

将棋世界1999年8月号、大崎善生編集長(当時)の「編集部日記」より。

6月5日(土)

 久し振りに大阪に遊びに行く。森信さん宅に二泊。理事を退任した森さんはのんびりムードで理事になる前の森さんに戻った。「これからは口に気をつけんでもええねえ」などといいながら御機嫌だ。夜、本間五段、池崎さんらと合流。久し振りに楽しく飲んだ。

6月6日(日)

 森さんと二人で福島の町を散策する。大阪の将棋会館から森さんが住んで村山君が内弟子をしていた市山ハイツ跡へブラブラ歩く。今は近代的なビルに建てかわり会社になっていた。森さんが村山君に自転車の特訓をしたという公園。市山ハイツから森さんが引っ越し結婚するまで住んでいた大淀ハイツ。ここは私も何度も泊めてもらった。そういえば森さんの結婚式の朝、「めがねだけはきれいにしてくれといわれたんやけど、どうしたらええんかねえ」とモーニングを着た森さんがいうので、台所にあったママレモンをつけてジャブジャブ洗ってあげたっけ。カフスのつけ方が解らなくて、でもそれは自分にも解らなかった。それから村山君がA級八段になっても住んでいた前田アパート。目の前に公園があって子供達が大きな声をあげて野球をやっている。日曜日の公園は何故かもの悲しい。約2時間、森さんと想い出の場所を歩き回った。時は確実に流れていてあった筈の喫茶店がいくつもなくなっている。何だか二人とも胸が一杯になってしまって、小さな公園でへたりこんだ。コンサートホールの正面にあるとても緑の美しい静かな公園。ここは森さんと村山君の丁度岐路にあたる場所で、森さんはいつも村山君とここで別れた。トボトボと歩く弟子の背中を森さんはいつも見つめていた。小さな砂場の日だまりの上で可愛らしいスズメが二羽、上手に砂浴びをしていた。「淋しいなあ」。森さんはポツンとつぶやいた。

——–

何とも言えない切なさで胸が一杯になる。

「トボトボと歩く弟子の背中を森さんはいつも見つめていた」で涙がどっと出てくる。

今日は、村山聖九段の命日。

——–

聖の青春取材 個人指導(森信雄の日々あれこれ日記)2014.11.18

 

 

タイトルとURLをコピーしました