名人の家主

藤沢桓夫さんの『将棋百話』(1974年)より。

 この間の日曜日の昼すぎ、中原-二上戦のテレビ対局を観ようと思って、NHKにスイッチをひねったら、大盤と駒を動かす解説者の後向きの左手が写った。ところが音声が全然聴えない。はて音声の故障かなと思って見ていると、だいぶ経ってからやっと、鼻にかかった低い声がつぶやくようにぼそぼそと何か言った。とたんに、音声の故障でなかったことが判り、私はひとりで笑い出した。解説者は塚田正夫九段だったのだ。

 塚田九段の無口は有名だ。若いころ、たしか木村名人との名人戦で東京から西下する車中で、同伴の新聞社の人の話かけに、たっだ一度「はあ」と答えたきり、ついに大阪に着くまで一言も口を利かなかったのも有名な話だ。もっとも、いつか彼も六十近くになり、酔うと割合に喋るようになったが、ふだんの無口はむかしと変わりない。

 棋士には奇人が少なくないが、塚田九段もその一人だ。自分ではしまり屋のしっかり者のつもりだろうが、童子のような単純なお人好しで、どこか仙人じみている。昭和22年木村名人を倒して名人になった後で会った時、彼が自分で私に語った話だが、いろんな人からお祝いが届いたりした折も折、家主が訪ねて来た。何かくれるのかと思ったら、「このたびはおめでとうございます。何かお祝いをと思いました末に、名人記念に来月から家賃を上げさせて頂くことにしました」と挨拶して帰ったというのだ。「君は人が好いので、ナメられているのだ」と私は大いに笑ったが、塚田さんはそういう人だ。

 数年前、大野源一八段と二人で拙宅へ遊びに来た折、夕食時にテレビが掛かっていたら、塚田さんは私の妻に「音を低くして下さい。テレビの音は嫌いだ」と注文した。そのうち、七時になり、巨人とどこかのナイターが始まると、塚田さんは「音をもっと大きく」と言ったので、妻が「テレビの音お嫌いなんでしょう」と言うと、塚田さんは澄ました顔で「いや、野球放送は大きい方がよろしい」と言ったので、私たちは大笑いした。

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微笑ましい塚田正夫名誉十段のエピソードの数々。

昭和22年の戦後間もなくの混乱期とはいえ、凄い家主がいたものだ。

「何かお祝いをと思いました末に、名人記念に来月から家賃を上げさせて頂くことにしました」という発想はなかなか出るものではない。

きっと、塚田正夫名人(当時)は、本当は嫌だけれども、黙って頷いたのだと思う。

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「童子のような単純なお人好しで、どこか仙人じみている」のが塚田正夫名誉十段とすると、「童子のような単純なお人好しで、毒舌な漫才師」が大野源一九段となるだろう。

藤沢桓夫さんは「将棋童子」というタイトルで、大野源一九段を主人公とする実名小説を書いているほど。

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「童子」は仏教用語。酒呑童子、白馬童子など、よく聞いたことのある童子もあるが、「将棋童子」という言葉も味わい深い。

 

 

 

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