将棋世界1981年1月号、読売新聞の山田史生さんの第19期十段戦(中原誠十段-加藤一二三九段)盤側記「まれに見る好勝負」より。
加藤先勝のあとをうけた第2局は、11月18、19日、神奈川県秦野市鶴巻温泉の「陣屋」にて。
前日の17日、加藤九段、立会人の花村元司九段ら関係者は小田急ロマンスカーで本厚木まで行き、ここへ「陣屋」のマイクロバスに迎えに来てもらって対局場入り。
中原十段と副立会人の下平幸男七段は、小田急沿線の住人であるため、直接対局場参集。
あけて18日、日光がさんさんとふりそそぐ、暑いぐらいの日和りである。
対局前の雑談で中原十段「今日から弟子が家にくるんですよ」という。奨励会に6級で入会した宮城県出身の佐藤秀司君である。中学1年の13歳。
「まだ1回しか指したことがないし、何ともいえません。でも田舎にいちゃダメなことは確かですから」という。同郷の初の弟子。しかも内弟子とあって、自分のこと以上に気づかっている。
(中略)
進行の遅いせいもあって、一日目は控え室も比較的のんびりしている。そんな控え室に、午後3時、大きなケーキが運ばれてきた。ケーキの上にチョコレートで”花村先生おたんじょう日おめでとう”と書かれている特製品。
前夜、会食の時「明日は私の誕生日だ。63歳のね」と花村九段がいったのを「陣屋」の若奥さんが聞いていて、用意してくれたのだ。
ともされたろうそくの火を花村九段が吹き消し、リボンのついたナイフでカットすると、パチパチと拍手。花村九段、ごきげんである。もちろん対局者にも一切れずつ届けた。
第1局の「玉荘」もそうだったが、このように何事も気を利かし、すぐ反応を示してくれる宿というものはうれしいものだ。宿自体の心意気が感じられる。特に、なじみの宿で、主人やおかみさんとかが、陣頭指揮してくれる所はやりやすい。まかせっきりで安心していられる。
(以下略)
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東海の鬼・花村元司九段とケーキ、というとイメージ的に正反対の世界のように思えるが、花村九段は下戸で、その代わりにコーヒーが大好き。
コーヒーとケーキは相性が良いので、バースデーケーキのプレゼントは陣屋の絶妙手だったと言えるだろう。
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7年前に、酒豪に見える下戸の有名人・棋士というブログ記事を書いている。棋士の代表格はもちろん花村元司九段。女流棋士では山田久美女流四段。
ごく最近の例では、酒豪に見えるトランプ次期大統領が、酒もタバコも生まれてから一度も経験していないということが伝えられている。