近代将棋1983年8月号、小林勝さんの「棋界パトロール 千日手」より。
「同一手順3回……」という決め方が実際の対局にて不都合をまねくということは、武者野勝巳四段ら若手棋士の間でかなり以前から言われていたことである。5月26日に行われた定時棋士総会のひと月程前、彼らは規約を改正するべく、すでに行動を起こしていたのであった。
規約を変えるということはなかなか難しい作業である。しかも、この千日手問題はこれまで何度か総会の議題になっているにもかかわらず結論を見ぬまま今日に至っている。総会は年に1度しかない。総会の時間にも限りがある。今度も並の手順では規約改正の提案は無為に終わってしまうやもしれないのだ。慎重に考えた末、彼らは武者野四段を代表として、全棋士にあて、一通の封書を送ったのであった。その内容は次の通りである。
武者野試案
―前略……
さて、私が突然手紙を差し上げましたのは『同一手順3回にて千日手』との現行規定が明らかに不備であり、これに対する改正案を来たる26日の総会に発案するにあたり、あら かじめ先生方に御理解を賜わっておきたいと の意からであります。
1図をご覧下さい。
図において先手は、A▲7一銀~▲8二銀 成、B▲7一銀~▲8二銀不成、C▲7三銀 ~▲8二銀成、D▲7三銀~▲8二銀不成の 4手段があり、これをとっかえひっかえ用い て同一手順三回の規定に抵触することな く、永遠に指し続けることができるのです。
一方、後手にも①△8一銀打、②△9一銀 打、③△9三銀打、④△7一銀打(もしくは△7三銀打)の4手段があり同様です。
一見64手一組とかの大きなサイクルで同 一手順三回 が出現するのでは?との疑問 もわきますが、実は、A・B・C・Dの4手段でなく、AとBの二手段のみでも同一手順三回を出現させることなく永遠に指し続 けることができるのです。
次にその例を示してみます。
- ABBA 2へ続く
- ABBA BAAB 3へ続く
- ABBA BAAB BAAB ABBA
- ABBA BAAB BAAB ABBA BAAB ABBA ABBA BAAB
- ABBA BAAB BAAB ABBA BAAB ABBA ABBA BAAB BAAB ABBA ABBA BAAB ABBA BAAB BAAB ABBA
- 以下同様
この手順の要領は、まず1でABBAとし 続く2で始めに1のABBAを踏襲し、次に その手順を全く逆にした手順をつけ加えてい くというものです。3に入っても、2で指し た順をもう一度指し、これに全く逆の手順を つけ加えていくという具合です。
右の手順ではどの時点でも現行の同一手順三回にはならず、千日手は成立しません。この無限数列による不都合が、昭和52年大山-加藤(一)戦、昭和54年広津-佐伯戦、ごく最近 でも米長-谷川戦など数多く出現していま す。誤解のないように申しそえますが、私は 無限数列を利用して時間かせぎをする対局者 に対して、勝負に最善を尽くして立派である と思いこそすれ、みじんの悪意も抱いており ません。言いたいことは「現行の規約が不備 である」この一点であります。
そこで私の提案ですが、現行の千日手規約 を次のように改正することを提案します。
同一の局面が四回現われると「千日手」で 無勝負となる。ただし、連続王手である場合は攻めている方が手を変えなければならない。 附則:同一局面とは、盤面上の駒の配置、持ち 駒、及び手番のすべてが同一のものをいう。
先の図において☆A▲7一銀△8一銀▲8二銀成△同銀☆B▲7一銀△8一銀打▲8二銀不成△同銀☆C▲7三銀△8一銀打▲8 二銀成△同銀★D▲7三銀△8一銀打▲8二銀不成△同銀☆と繰り返した場合、現行では千日手にはなりませんが、この改正案ならば☆の時点において同一局面が出現しますので★のところで本来の千日手の精神どおり千日手が成立します。同一局面4回は、始まりの 図を数えたもので、現行同一手順3回の意味を遵守したものです。
この発案にあたり、中原十段に御意見を求 めたところ「私もずっと以前からこの不備に 気付き、同一局面4回と改めるべきだと思っ ていた」また、大山十五世名人・連盟会長か らも「私も以前に困ったことがあった。何か うまい解決策があれば示して下さい」との心 強い言葉を頂きました。
また、今回の改正案作成にあたり、過去の 公式戦100局ほどの千日手を調べましたが、改正案を用いた場合の不都合は何一つ見当りま せんでした。
来たる定時棋士総会に発案致すつもりであ ります。規約の改正という重大事項であり、 慎重な討議が必要ですが、一方速やかな解決 が望まれる事項でもあります。どうぞ先生方の善処よろしくお願い申し上げます。
会員各位
武者野勝巳
昭和58年5月9日
(中略)
今回の改正案は、ほとんど100%に近い確率で棋界に定着するであろうと筆者は考える。試案を練ったのみならず各々の棋士に働きかけ、規約改正を成就させた武者野四段を中心とする若手棋士らに「よくぞ将棋界のために働いてくれた」と、今は感謝とねぎらいの言葉をかけたい気持ちである。
(以下略)
* * * * *
武者野勝巳七段は、理事時代に研修会設立も手がけている。
また、現在のような指し手の解説や控え室の様子などが盛り込まれたインターネット中継を初めてシステム的に実現したのも武者野七段。(竜王戦インターネット中継)
→羽生善治五冠(当時)の一言から生まれた竜王戦インターネット中継
→藤井猛竜王(当時)「高美濃より美濃囲いの方が急戦には適している」
また、棋士が利用する棋譜検索ソフトを初めて具現化する原動力になったのも武者野七段。
* * * * *
武者野七段は歴史的に非常に大きな活躍をしていると思う。