将棋マガジン1986年1月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。
今、将棋界で話題になっているのは、大山の好調、米長の不調であろう。3勝1敗と1勝4敗、一方は、どうしちゃったんだろう、である。巷間、降級3名ということで、最初から危機意識を持って戦ったのがよかったんだろう、とか、世事万般の疲れが出たのにちがいない、などと言われているが、それらはもっともらしいものの、後からつけた理屈である。本当のところは、原因など判りはしないのだ。それは当人だって同じだろう。棋士は、ほんのちょっとした気持ちの在り様のちがいで、好調になったり不調になったりするらしいのである。
今年、中原の名人カムバックまでの対局日誌をまとめて3冊の本にした。そこで57年からの記事を読み返したわけだが、ここ数年、何回か名人が交代するなどの変化はあったものの、大勢はほとんど変わっていないのが判る。たとえば大山-桐山戦を見ると、58年2月に二人は対戦しているが、これは名勝負だった。
中盤から寄せにかけて、相手の攻めを切らす、大山のもっとも得意な形に持ち込みながら、指し方がたよりなく、結局大山は敗れた。この有様を私は、
「全盛期なら苦もなくスタンドに運び得たであろう球で凡打させられた、引退する頃の王選手の姿が浮かんだ」
と書いた。降級、引退、大山時代の終わり、と思ったのである。たしかにこの時は、大山と桐山の力関係がはっきり逆転していたはずである。それから2年あまりたった今、大山は引退どころか挑戦権を目指して桐山と戦っている。凄い人だと思う。
(中略)
特別対局室へ行くと、桐山が長考しているところだった。ちょっと退屈していたらしい大山が私に話しかけてきた。
「あんた、どこか体を悪くしたと聞いたけど」
「いや、別に変わりませんよ。頭の方は相変わらずおかしいですけどね。ただ五十肩の方は、はっきりしません」
「そのことか。ゴルフコンペに出てこないんでね」
それからトレーニング法をひとくさり、実際に腕を動かしてみせたりした。その間桐山は盤上に眼を遣ったまま動かない。形勢はまだ互角だが、振り飛車側の飛角が圧迫されて、うっとおしくなりそうな気配がある。
(以下略)
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この一局は大山康晴十五世名人が勝ち、なおかつこの期の名人戦挑戦者となっている。この時62歳。
対局中にゴルフの腕の動きをしてみせるのがすごい。現在のようにニコ生、AbemaTVでの中継があったなら、相当に面白かったことだろう。
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羽生善治九段のタイトル獲得は、2035年頃まで続くのではないかと思っている。