村山聖四段(当時)「親以上ですから」

将棋マガジン1987年12月号、「若手棋士訪問記 米長邦雄のスーパーアドバイス 村山聖の巻」より。

将棋マガジン同じ号のグラビア。村山聖四段(当時)の部屋にて。撮影は弦巻勝さん。

マンガだらけの部屋

米長 さすがにすごい部屋だね。これ、パンツだけはしまえよ。あとは俺も何も言わないから。ハッハッハ。ここで写真をとって、それで近くの喫茶店に行って話をしよう。この部屋の中に漫画の本は何冊ぐらいあるの?

村山 2,000から3,000です。

米長 『週刊将棋』に掃除をしたとか書いてあったけど、お母さんが来て片付けたのかい。

村山 ハア。

米長 ダメなんだよ、そんな事しちゃあ。そのままの状態にしといてもらわないと。これ、座れるじゃないか。

村山 (笑)。

米長 漫画には傾向があるのかな。

村山 いえ、別にないんです。何でも。

米長 『キャンディー・キャンディー』『夢見てごらん』こういうのも読むのか。『白衣の天使と呼ばれたい』(笑)。

村山 ええ、何でもあるんです。

米長 そこに電気釜があるじゃないか。

村山 お金がなかったら、これでご飯を炊いて、おかずを買ってきて……。

米長 フフフフ、面白いね。無精でも、食うのをやめるというわけではないんだな。背広もちゃんと持ってるんだねえ。

村山 師匠が買ってくれまして。

米長 非常にいい師匠のようだなあ、森信雄先生は。森君はどこに住んでるの。

村山 ここから10分くらいの所に。

米長 彼氏は結婚してるのかな。

村山 してないです。

米長 森君も面白い男だよね。まあ、この師匠にこの弟子あり、という感じだね(笑)。驚いたよ、とにかく驚いた。それじゃあ、将棋盤を持って、近くの喫茶店に行こう。

☆ ☆ ☆

 村山聖(むらやま・さとし)四段は森信雄五段門下、18歳。昭和58年12月に奨励会入会、61年11月四段。2年11ヵ月で四段昇進は近来にないスピード記録。特に6級からのスタートでは三指に入る記録であろう。奨励会時代からいろいろとエピソードが多く、例えば、フロが嫌いで月に1回入るかどうか、歯も磨かない、など。その上、髪、爪は伸ばし放題にしていて、異色の人というイメージがある。マンガ狂いも有名で、『将棋年鑑』の棋士名鑑に棋士アンケートがあって、62年度の目標という質問に”マンガ1億冊”と答えている。ちなみに、一番嫌いなものという質問に対する答えは”将棋”。住まいは関西将棋会館から歩いて10分位の所。61年度の成績は12勝1敗。

師匠は親以上

米長 詰将棋が得意なのかい?

村山 いえ、そんなにやらないんですけど、いつのまにかそういう事になってまして……。

米長 詰将棋を解くのは速くて、連盟で将棋の研究をしていても、君が詰むと言ったら詰むし、詰まないと言ったら詰まない。とにかく君の結論が絶対だ、と何かで読んだけど。

村山 いや、あれも皆で「詰まない」と言ってたんですけど、いつのまにか僕一人が言った事になってるんです。

米長 まあ、一応は定評があるわけだ。

村山 師匠に「詰将棋だけはやれ」と言われまして。

米長 俺と同じような事を言ってるわけだな。森信雄の次の一手も難しいね。前に将棋世界の付録か何かであっただろ。あれを考えていて俺は頭がおかしくなった。

村山 そうですね。やけに難しい。

米長 君が見ても難しいかい。

村山 検討とかやるんですけど、危ない筋がいくつもあって、僕がそれに引っ掛かると喜びはるんですよ(笑)。「これでつぶれじゃないですか」と言うと「それはこうやってダメなんや」とニコニコしながら。

米長 検討の手伝いをしとるんだ。

村山 僕がやればタダですから(笑)。

米長 ハハハハ、森君との出会いというのはどういう縁だい?

村山 奨励会の入会試験を受けるのに誰か師匠になってもらわないといけないので、道場の人に紹介してもらったんです。名前だけの師匠で、試験を受けた時は顔も知らなかったんですけど。

米長 だけど、今となっては、師弟の結び付きというのは、よその所より深いね。

村山 親以上ですから。

米長 親以上か。それは非常にいいね。君はお酒なんか飲むの?

村山 いえ、師匠に「絶対に飲むな」と言われてますから。

米長 今日は背広を着てるけど、背広を着る日というのは1年で何日位あるの。

村山 奨励会の時は全くなかったんですけど……。

米長 四段になってから何日あるの?

村山 40日くらいです。

米長 どんな時、着るんだい?

村山 森先生が着ろという時と対局の時。

米長 師匠はできるだけ君をそういう格好にさせたいわけだ。そんな努力がありありと見えるようだね。

村山 ハア(笑)、そうですね。

米長 森先生が放っておくと、君はどういう事になるんだい?

村山 髪が下まで伸びて……。

米長 下まで!?女みたいにか。どの位まで伸ばした事があるの?

村山 いや、伸ばしたいんですけど、森先生がどうしても切れと言うんで。

米長 ハッハッハ。

将棋は嫌い

米長 漫画のどういう所がいいのかな。

村山 目が疲れないから。前は推理小説とか読んでたんですけど、目が痛くなって。一日、ずっと読んでますから。

米長 それは賢いかもしれんね。今は頭と神経、目が疲れる事が多いからな。で、あとは将棋に打ち込んでいるのか。

村山 いや、まあ、打ち込んでるかどうかはわからないですけど(笑)。

米長 大体、連盟に行って棋譜を並べたり、という感じかい?

村山 いえ、並べるんじゃなくて、誰かが並べてるのを見てるんです。自分で並べると疲れるから。

米長 なるほど、それは賢いね。今期は何勝何敗だい?

村山 10勝6敗です。よく負けます。

米長 よく負ける?勝ち越してるじゃないか。今、いくつだい、歳は。

村山 18歳です。

米長 これから!!っていう歳だなあ、本当に。スタートに立った所だ。稽古にはほとんど行ってないんだろ。それで原稿を書くなんて事はあるの。

村山 いえ、書きたいんですけど……。

米長 書きたいけど、今は書いてない。そうすると、漫画を読み、将棋の研究をし、対局に打ち込む、という生活かい?

村山 ええ、まあ。

米長 将棋は面白いかい?

村山 いえ。

米長 えっ、面白くない!!珍しいね、新四段で将棋が面白くないというのは(笑)。初めて聞いたよ、このシリーズ、12人話しを聞いたけど。面白くない?

村山 はい。

米長 何が一番面白い?

村山 音楽を聞いたり漫画を読んでる時ですね。

米長 音楽はどんなのが好きなの。

村山 一番好きなのはニューミュージックで、あとは演歌でも何でも聞きます。

米長 ほう!!音楽が好き、漫画が好き、将棋はあんまり面白くねえ、と。

村山 あんまりじゃなくて嫌いなんですけど(笑)。

米長 ウーン。将棋が嫌いでそれだけ指せるというのは珍しいねえ。普通は好きでないと強くならないわけだけどなあ。考えるのが辛いのかい。

村山 勝ち負けがあんまり好きじゃない。

米長 要するに勝負事が嫌いなのか。

村山 ゲームとかならいいんですけど、職業となると……。

米長 ああ、なるほど。他にゲームなんかはやる事あるの。

村山 トランプとかなら。

米長 それは、お金を賭けるのかい。

村山 ええ、ちょっと賭けて。

米長 でっかいギャンブルは好きではないわけだな。

村山 趣味ならいいんですけど、生死にかかわるやつはちょっと。

米長 なるほど。命を賭ける職業だからなあ。だけど、将棋をやってるからには、将棋が好きだった時もあるんだろ。

村山 ええ、最初は。奨励会に入った頃までは好きだったんですけど。

米長 だけど普通は、若くて勝てるから、それで将棋が面白いという事になるわけなんだけどなあ。

村山 いや、勝っても面白くないし。

米長 ハッハッハ。不思議な男だね。非常に面白いね。今後の希望というのはあるのかい。早く昇段したいだとか、タイトルを取りたいだとか、そういうのはないのかい。

村山 ありますけど……。

米長 やっぱりあるのか。

村山 まあ、早く将棋をやめたいな、と。

米長 やめたい!!ハッハッハッハッハ。

対桐山棋聖戦

米長 君は顔は丸いけど将棋は鋭いという評判だねえ。この間、二上さんとの将棋見たけど、鋭い上に手厚いじゃないか。受ければ手厚いし、攻めれば鋭いし、おまけに寄せが早いだろ。勝つわけだよな。それじゃあ、将棋を見せてもらおう。盤と駒、持ってきただろ。

村山 たぶん、駒が足らないと思います。

米長 足りない!?(笑)。ああ、桂馬が1枚足りないのか。しかし、それで平気という所が面白いね。ちょっと待てよ。オジさんが10円玉を出すからな。

村山 朝日の桐山先生との将棋です。

(中略)

米長 △3八金▲1八玉に△1五銀と打ったのか。これ、詰めろじゃないんだろ。それじゃあ当然、おかしな事になるよな。逆転しちゃったのか。しかし、詰ましそうなもんじゃないか。頭が変になっちゃったんだな。摩訶不思議な将棋だねえ。いつもはこうじゃないんだろ。もっと厳しく勝つんだろ。悪くなったから粘ったという将棋なんだな。その粘り方が不思議流だったんだ。あの桐山がイライライラしちゃって。”もう叩き切ってやれ”と△7八飛成とな。面白いね、あの桐山でもイライラするという所が。最終回を飾るにふさわしい人材だったよ。面白かった。物怖じしないというか、無頓着というか、非常にいいよ。なかなかこうは生きられんのだよねえ。将棋が嫌いで早くやめたい、そうではあっても、できるだけ早くタイトルが取れるように頑張ってくれよな。そのつもりではいるんだろ。

村山 ハア。そうですね。

米長 早いうちにやめるのもまた一局だけどね、まあ、できるだけ頑張ってな。

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全編、村山聖四段(当時)らしさと、師匠の森信雄五段(当時)を慕う気持ちに溢れていて、今の時代に読むとより強く心打たれる。

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「検討とかやるんですけど、危ない筋がいくつもあって、僕がそれに引っ掛かると喜びはるんですよ(笑)」

このようなシーンこそ、映画やテレビドラマ版『聖の青春』に取り入れてほしいところだが、将棋を知らない視聴者向けの映像的には難しいかもしれない。

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「この師匠にこの弟子あり」

まさに、その通りだと思う。