将棋世界1989年4月号、桐山清澄九段解説の第14期棋王戦第1局〔南芳一王将-谷川浩司名人・棋王〕「詰むや詰まざるや」より。
谷川VS南。谷川が初めて迎えた年少の挑戦者、南との初対決。二人とも穏やかで、闘志を露にするタイプではないが、盤上ではお互いに譲れないと、火花が飛び散っていた。
まず、図をご覧いただきたい。本局の終盤の一局面である。先手の南陣は△6七桂成で受けなし。残された道は豊富な持ち駒を使って、後手の谷川玉を詰ますこと。それしか勝ちはない。
控え室の継ぎ番に並べられたこの局面を前にして、中原棋聖、桐山九段、淡路八段をはじめとして、詰将棋ならどんとこいの森信五段、浦野五段、井上五段、村山五段という錚々たるメンバーが額を寄せ合っていた。
図の後手玉は詰むや詰まざるや? 本局のハイライトシーンである。腕に覚えのある方は、考えてみてはいかが。
さて白熱の終盤戦を展開した本局、立会人としてつぶさに観戦した、桐山九段の解説でお届けしよう。
(中略)
4図以下の指し手
△6九銀▲8一飛成△9七香成▲同歩△7八銀成▲同玉△7五桂▲5六歩(5図)後手としては▲8一飛成~▲9一飛の二枚飛車で攻められるとアウト。そのわずかな隙に、先手陣を切り崩さなければならない。△9六歩▲8一飛成△9七歩成▲同歩△8五桂打とか、いろいろ控え室で検討するが、どうもうまくいかない。先手よしか。
ところが、谷川は△6九銀! 誰も口にしなかった意外な指し手に、オヤッとなったが、それが感嘆の声に変わった。名手の銀だったのだ。
桐山「(4図では)△9六歩と、先手にとって一番怖い端を攻めるのが第一感なんですよ。逆に金銀3枚で厚い方から攻めるのは、ちょっと気づきにくい手です。しかし、この手が厳しい。南さんも△6九銀を見て、大変だという気がしたと思いますよ。▲7九金と受けるのは、△5七香成▲同金△7五角や、単に△9六歩で、これは先手負けますね」
南優勢と思われていた局面に、△6九銀という一手で波紋が生じた。俄に雲行きが怪しくなり、稲妻が走った。
△7八銀成と金を取って、△7五桂は詰めろ。次に△6七桂成▲同玉△5六金▲7六玉△8五金▲同竜△6七角で詰む。
「▲8三金と打つ局面、南さんなら詰みまで読み切ったんだろうけど、この△6九銀だけ読んでなかったのでは……」と誰かがつぶやいた。
5図以下の指し手
△6九角▲同玉△6七桂成(6図)中原棋聖がひょっこり現れた。翌日名古屋で行われる”板谷進九段を偲ぶ会”に出席するのを兼ねて、谷川-南戦を観戦するために。
5図で、駒を渡さずに一手スキで寄せることができれば、谷川の安全勝ちである。ところが、安全に行こうとするとはっきりしない。
局面をこれしかないという一本道に決めつけるのが、△6九角と捨て▲同玉△6七桂成と受けなしに追い込む手である。その場合、後手玉は詰まされないのか……怖い手だ。
これが冒頭に掲げた局面である。
中原棋聖、桐山九段をはじめとする豪華メンバーが継ぎ盤を取り囲み、詰むのかどうか検討が進んだ。そして結論が出た。
まもなく指し手が入り、6図へと局面が変わった。「やっぱり」という声があがる。「強いなあ。何か食べているもんが違うんでしょうねえ」とおどけたように浦野五段が言う。
6図以下の指し手
▲3一角△同金▲同竜△同玉▲6一飛△4一飛▲同飛成△同玉▲6一飛△5一角(途中図)▲3一金△同玉▲5一飛成△4一飛(投了図)
まで、92手で谷川棋王の勝ち。6図で得た控え室での結論は、後手玉は不詰め。しかも、受ける方に飛合い、角合い、飛合いと3回の限定打がでての話である。しかしここまで来て、谷川が間違えるとは誰も思っていない。
何度も不詰めが確認された局面を前にして、みな寡黙になっている。「何かないかな」中原棋聖がニコッとして、村山五段に声をかけた。関西では「終盤は村山に聞け」という言葉があるほどの男である。しかし継ぎ盤の前で、赤い顔をしてじっと見つめていた村山五段も首を振った。
桐山「3回合い駒が出てきましたが、どれも限定打ですね。①最初の△4一飛で△4一金は、▲3二金△同玉▲4三角△2二玉▲2一角成以下詰み。△4一飛合いは▲2一角成を△同飛と取って詰まないという意味です。
②△5一角(途中図)で、
△5一金は▲3一金△同玉▲5一飛成△4一飛(A図)▲3二銀△同玉▲4三角△2二玉▲3一銀△1二玉▲2二金△同銀▲同銀成△同玉▲2一角成△同飛で、▲4二竜と引けるので詰み。
△5一角合いの意味は、同じように進めたA図と投了図での持ち駒の違いにあります。
投了図以下、▲3二銀△同玉▲4三角△2二玉▲3一銀△1二玉の局面は、金がないので▲2二金と打てず詰みません。
③最後の△4一飛も▲2一角成の筋を消して絶対です。どれも、ぎりぎりの変化できわどく残っていましたね」
指し手の消費時間を見ていただきたい。詰ましに行く▲3一角に3分しか使っていないのに、最初の△4一飛に対して39分考えている。何か見落としがあったことを物語っている。もっと前に気づいていたら、△6九銀の局面で悪くとも粘る手段を講じていたはず。
「△6九銀打たれて負けかもしれませんね」と感想戦で、南はこの手を軽視していたことを認めた。そして、二度目の△4一飛合いをうっかりしていたとも。
(中略)
最後の詰むや詰まざるやの場面、詰将棋を見ているような合い駒の魔術。南にはよくよく不運にできていたということか。
(以下略)
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自玉に詰みがないと読んでの6図。
合い駒の妙など、谷川浩司名人・棋王の終盤力が感動的だ。
まさに、浦野真彦五段(当時)が言った通り、「強いなあ。何か食べているもんが違うんでしょうねえ」と感じる。
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中原誠棋聖(当時)が「何かないかな」と村山聖五段(当時)に声をかけていることから、この当時すでに「終盤は村山に聞け」という言葉がいかに有名になっていたかがわかる。
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一番上の写真では森信雄五段(当時)と村山聖五段が隣同士で写っている。
とても感慨深い気持ちになってくる写真だ。