昨日の続き。
湯川博士さんの「なぜか将棋人生」より、「こんなサービスしています」。
手合い係の若い女性はいかに。
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ある水曜日のお昼ごろ、ブラリと出かけて行った。場所は、秋葉原駅の真正面。改札口を出てすぐ昭和通りの横断歩道を渡ったパチンコ屋の六階。
歩いて0分は間違いない。ただし、このビルはエレベータがないので、六階まで歩く。0分は駅からビルまで。
ビルは古いがそうじは行き届いていて、二階以上は小さな会社や事務所が入っている。
天井の低いビルらしく、思ったより階段の数は少ない。
五階あたりで少々長さを感じたが、パチパチと聞こえる駒音に救われ、無事六階に到着。
「ほんとうに可愛い子いるのかな」期待というより冷やかし半分の気持で、入り口を入る。
中にはすでに十数人の先客がいる。数えてみると、十六人。開店が午前十一時で、今、十二時半だから、出足は早い。おかげで宝くじはもらいそこなった。
受付嬢をハタと見つめる。「いらっしゃい」と顔を上げる。
どうも広告の目玉商品は、売り切れたようである。
フィルム会社のCFでいうなら、岸本加世子を期待して行ったら、そこには樹木希林がいたという感じ。
この希林おばさんに名前と段位を言って手合いカードをもらう。ふつう初めての客は、住所を書かせるが、ここはなし。手合いカードも姓のみでOK。
店内は約十五、六坪。十の机に盤が三つずつ置いてあるから、定員六十人。
壁にはA級棋士の写真と、道場対抗戦優勝の額がかかっている。
店内のきれい度はかなり低い。5段階評価なら「2」というところ。丸イスの状態はさらに悪く「1」。盤は「3」、駒は古いが彫駒なので「4」にしておく。
店内を密かに採点していたら、手合いがついた。席につくとすぐに、「コーヒーかこぶ茶かどちらにします」と言ってくる。コーヒーにしてもらった。
道場で指すのは全く久しぶり。なんとなく駒を動かしていたら、右四間飛車で▲1七桂と端にハネてくるやつをくらった。
「あれ、これ確か、どこかでオレが書いたやつだゾ」
思い出すと、東大将棋部かなんかの紹介記事で書いた記憶がある。
ぜひ読者も一度お試しあれ、とかなんとか。
それはそうと、これに対抗する応手は書かなかったことに気付き、少々焦った。
結局グシャグシャにされて緒戦はパァ。
取材のつもりで、余裕をもって店内を観察していたのが、この敗戦で少々怒った。
将棋の怖いところは、ここいらあたりであろうか。
このあと気合が入って五連勝。また余裕が出て店内を見渡す。
お客さんはずい分増えて、四十人ほど。
ほとんどがネクタイをしたサラリーマンタイプ。
それも、うらぶれた窓際族というような人は少なくて、バリバリの現役風。
なかには、俳優の中条静雄さん風の格好いいおじ様や、金ボタンのブレザーなど着こんだおしゃれな人もいる。
どうも、セールスマン、外交員というような人が、ひまつぶしに来ているようでもある。
五連勝したので、受付に言って外に出ることにした。
ひょいと受付の机を見ると、抽選券が積んである。
「まだもらってないよ」と言うと、「あっそう、持ってって下さい」。
このおばさん、あまり頓着しない性分のようだが、それがここのペースなのだろう。
抽選券は、二色刷りで、どうやらこの店専用のものらしい。
そばにいた客に聞くと、「ええ、当りますよ。何人も当った人、知ってますから」と、筆者の不安をぬぐってくれるように言う。
外へ出ると、夕方の薄暗さと、家路を急ぐ人波が混然として、都会のワンシーンを映し出している。
同じ遊びのプロセスでも、朝帰りの時に出勤の人波とすれ違うのはなんとも後ろめたい。
しかし夕方の人波を横目に見ての遊びは、気分のいいものだ。そしてその遊びを自分流に演出していくところが、また楽しい。
六局連続で指したせいか、頭も喉も少々熱を持ってきた。キュッと冷たいのを流し込んでみよう。道場のビルを出て裏道に切れ込む。
今日の道場に合った雰囲気の所で飲みたいと思いながら歩く。
ありました。酒屋の店先にサラリーマンが数人立ってしゃべっている。
ビールケースに板を乗せ、そこにカンビールとつまみが乗っている。
いわゆる酒屋の立飲みだ。
さっそくカン生と、サンマ蒲焼のカン詰を買う。
カンも開けてくれてハシも付けてくれる。
飲むのは店のカウンターや、空箱、テーブルのそばなど。
みな思い思いの場所に陣取って飲む。
この酒屋の立飲みは、すべて売り値だから、これ以上安い店はない。
ここで飲むのは酒飲みの有段者。自分で雰囲気を作れる人だ。
(中略)
酒屋のあとは、オデン屋台。
(中略)
腹も出来たし、喉もうるおったので、再び道場へ。
(つづく)