負けた将棋は覚えている

10年以上前の新宿の酒場で、将棋ペンクラブ幹事のWさんと将棋を指したときの話。

その1

Wさんと私が飲みながら将棋を指している時のこと。私の長考中、お客さんが店に入ってきた。森信雄六段(当時)と大崎善生さんだった。

森信雄六段は、興味深そうに私達の盤面を見ていたという。(私は気がつかなかった)

私の振飛車、Wさんの居飛車。

ところが、長考をしていた私が一手指すと、森信雄六段は少しガッカリしたような表情になって自分の席に戻ってしまったという。(私は気がつかなかった)

Wさんの話によれば、その時は、もしWさんの手番であれば、振飛車対居飛車の非常に緊迫した中盤戦に見えるような局面だったらしい。

しかし、手番は振飛車側の私。

森信雄六段は、次にWさんがどのような手を指すのだろうと興味を持って見てくれていたのに、私が指したわけだから、ガクッとした気持ちがよくわかる。

中盤の駒と駒がぶつかり合っている最中の一手差、大差で私が有利な将棋だったようだ。

この話、私は覚えていないが、Wさんは覚えている。

やはり、負けた将棋はいつまでも覚えているものなのか。

その2

将棋ペンクラブの関係で、田中寅彦九段と一緒に飲みに行っていたときのこと。

Wさんと私が飲みながら将棋を指していると、次のような局面になった。

私が先手、Wさんが後手。

1 (3)

△2二角と打たれて困ったが、酔った私は▲8五銀と派手にいってみた。

2 (3)

指した瞬間に、田中寅彦九段が「これは素晴らしい。絶妙手だ」。

時のA級棋士に手を誉められて、私は天にも昇る気持ちだった。

以下、△7七角成▲同桂△同飛成▲8四銀。

ここまでは見事な捌き。

ところが、この数手後に指した私の手を見て、田中寅彦九段が残念そうに、「ああ、もうダメだぁ」。

将棋の結果は私が負けた。

この話、Wさんは覚えていないが、私は覚えている。

やはり、負けた将棋はいつまでも覚えているものなのか。

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Wさんが出版した本。

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