昨日に続き、1974年度A級順位戦、升田幸三九段(先)-大山康晴九段(棋聖)戦。
東公平さんの「名人は幻を見た」、ゼニになる将棋より。
手とともに、二人それぞれの会話や行動が絶妙。
(太字が東公平さんの文章)
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▲5二歩成に△5六歩。
「えらい強い手だな」と升田。
中原名人が見に来ている。升田、パチンとたたいて▲6七金。大山△7四香。恐ろしいパンチだ。
ここから▲7五歩△同香▲同銀△同金▲5六飛。
銀損になるが、△5七歩成を防ぐことを優先させた。5六の飛車はこの後殺される。
「扇子がないから調子がおかしいんだ」と升田がいった。「扇子買うてこよう」と立ち上がり、升田は廊下へ出て行く。
大山が「扇子なんてあるわけないさ」と、うわごとみたいな感じで早口につぶやいた。
なるほど、階下はガランドウなのだ。半月前に高輪の仮事務所へ引っ越したあとだ。むろん升田は手ぶらで戻ってきた。
(新会館建設のため、旧会館では最後の対局日だった)
六時十分、夕食のため休憩。
七時に再開された。▲4三と△同金▲3四銀打と進んだ。
「大野流の攻め方やな」と升田がいった。
大野源一九段の芸術的な捌きは有名だが、▲3四銀打(第5図)のような重厚な攻めも多かった。
△4二金だと▲4三香△3二金▲5二とでまずいので、△5四金。
この後、升田九段は▲5二とと寄り、▲2六香を打ち、▲1四銀からの詰めよを狙う。
大山棋聖は△1三玉という非凡な受けで指し切らせにかかる。
2五の銀は死んでいるが、▲6八角が絶妙手。△4六歩と防ぐが、平気で▲同角。△同銀では詰まされてしまうので△同角しかない。升田九段の5九にあった角が一気に捌けてしまった。
観戦の棋士がふえ、七、八人になった。
升田が左を向いて「これは名局だ」と言った。
「双方とも全力で指した」―突然解説が入ったので皆いっせいに苦笑する。
大山が「名曲鑑賞の夕べか」と茶化して笑わせた。絶対に(対局中は)会話をしない大山と升田の唯一の接触だった。
(つづく)