森下流の光速の寄せ。
先崎学八段の2001年に刊行されたエッセイ集「フフフの歩」より。
女性に対しては、面食いで、好みにうるさく(ようするに理想が高い)なかなか好きにならないが、好きになったらもう大変。外のことが見えなくなるくらい好きになってしまう。以前、何かのインタビューで、振られた後、秒読みの最中に顔が浮かんで困ったといっていたが、のんびりした序盤ならともかく終盤戦では考えられない。
(中略)
その森下さんが恋をしているという。そして結婚するという。しかも相手は美人だという。
婚約が決まってからの森下さんは、いつにもましてニコニコして、近寄り難い程のエネルギーに囲まれていた。
婚約してはじめて会った時のことである。
「いや森下さんお目出とうございます」
「これはこれは先崎さん、いやかたじけない」
「嬉しくて嬉しくて仕方ないでしょう」
「とんでもない先崎さん、喜びあれば苦労ありです」
「同郷の方らしいですね」
「いやいや、実はそうなんです。田舎者同士で」
「いつから一緒に住むんですか」
「えーと、十月十日に地元で式をしまして、一緒に出てきます」
何げない会話だったが、次の僕の一言で、突然修羅場になってしまった。
「じゃあ十月までの辛抱ですね」
森下さんが真っ赤になった。
「何いってるんですか! 先崎さん、そんないやらしいこといわないで下さい! そんなんじゃありません!」
そんなつもりじゃなかったのはこっちなんですけどね。
森下さんは奥さんの麻衣子さんのことをマイマイと呼んでいるそうだ。森下さんのライフ・スタイルを多少知る人間にとっては信じられないことである。勝手に呼んでなさい。
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近代将棋1997年11月号、故・池崎和記さんの「福島村日記」より。
某月某日
近鉄将棋まつりで、森下-南戦の席上対局を観戦する(スポーツニッポン新聞に掲載。ただし西日本版のみ)。
対局前、森下さんに喫茶店に誘われた。話題は当然、婚約のことだ。本人はずっと秘密にしていたみたいだが、私は一ヶ月前から知っていた。別にニフティサーブ(パソコン通信)の将棋フォーラム(かなり早い時期から婚約情報が流れていた)で知ったわけではないけれど。
そのニフティの婚約情報の話をしていたら、喫茶店にフィアンセ(麻衣子さん)が現れたのでビックリ。なかなかの美人だ。どうやら森下さんは最初から私に婚約者を紹介する作戦だったみたい。
すでに報道されたように、今年四月、大阪の料亭「芝苑」(全日本プロトーナメントの対局場)で知り合ったのが二人の最初の出会い。芝苑の茶室で働いていた麻衣子さんを森下さんが見初めたのだ。それからスピード交際が始まった。
麻衣子さんに「森下さんのどこが気に入ったんですかと聞いたら、「全部です」。森下さんも同じことを言ったので、私はテーブルを蹴飛ばしたくなった。
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近代将棋1998年2月号、西條耕一さんの「普段着の棋士たち 関東編」より。
11月23日
森下さんの結婚披露宴が世田谷の「三越迎賓館」で行われた。麻衣子夫人はすでに妊娠5ヵ月で来年4月には出産予定とか。出席の皆さんも余り知らないようで、森下さんが最後に「いろいろとフライングもありましたが、今後ともよろしくお願いします」と挨拶しても笑う人が少なかった。
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なんとも微笑ましい。