夏真っ盛り。
昨日から有馬温泉「中の坊瑞苑」で行われている王位戦第2局の中継ブログを見ても、真夏の温泉地の風情が強く伝わってくる。→中継ブログ記事
ところで、タイトル戦を海外のリゾート地で行うと、どのような雰囲気になるのか。
1997年竜王戦(谷川浩司竜王に真田圭一六段が挑戦)第1局がオーストラリアのゴールドコーストで行われた。
将棋世界1998年1月号、先崎学六段(当時)の「先崎学の気楽にいこう」より。
ゴールドコーストの海が見えるホテルの部屋で、僕はこの原稿を書いている。朝の陽光は乾いた空気と絶妙に調和して、僕の心にやさしく語りかける。ふとかたわらのベッドに眼をやると、キャサリンの足がもぞもぞと動いた。
ああこういう文章を一度でいいから書いてみたかった。ただしこれは嘘。僕が原稿を書いているのは将棋連盟三階の隅にある編集部のまた片隅である。
ただしゴールドコーストに行ったのは本当である。そう、竜王戦第1局の解説役である。
NHKのスタッフから依頼が来たのは、準決勝で負けてから間もない頃だった。お情けをもらったような気がして複雑だったが、よく考えたら、一番日程が空いているのは自分なわけだ。
同じく準決勝でタコになった佐藤康光君も副立会で来ている。
モテ光君の顔を見てあれっと思った。眼鏡がいつものではない。昔のイタリア映画で詐欺師がしているような、細くて小さい眼鏡をしている。
「おっ一段と遊び人ぽくなってきたねえ」
「いや違うんです。来てすぐに眼鏡をなくしまして」
「なんだい飛行機から落としたのかい」
「はあ、窓が開くわけないでしょう。海でなくしたんです」
なんでも海で泳いでいたら波にさらわれたらしく、あわてて現地であつらえたらしい。
「馬鹿だなあ、眼鏡をかけたまま泳ぐ奴がいるかよ」
「いや腰ぐらいまでだったんです。ひどいんですよ突然高い波がきまして」
言い訳すればする程おかしい。モテ光君、すっかりドジ光君である。
ホテルから車で五分くらいの所にでっかいカジノがあって、本来なら通いつめたいのだが、今回は仕事なのでそうもいかない。対局者の撮影に同行する。
(中略)
ぞろぞろと海岸へ行く。谷川、真田が前を歩く。スラックスにカッターシャツ。谷川さんに至ってはジャケット付きである。海が似合わないことおびただしい。我々も後ろからぞろぞろ歩く。山田久美ちゃん一人を除いては皆むさ苦しい男ばかり。こちらも全く様にならない。
靴を脱いで海に出るとき、真田君は「さあ、みんなでうさぎ跳びでもしますか」といった、なる程、そういう発想もあるんだな。谷川さんは、着いたときから、ずっとぶつぶついっている。「なんで対局者なんだろ、なんで対局者なんだろ」
青い海、青い空、ごみごみもせず閑散ともしていない海岸、美味しい料理、その気持ちはよく分かる。
僕は僕で、なんで対局者じゃないんだろ、と思わないこともなかったのだが、そんなことはすぐにどうでもよくなって、ひたすら昼はビーチ、夜はカジノだった。
対局の二日前、夕食後に皆でカジノに繰り出そうというとき、谷川さんがもじもじしている。どうも行きたそうである。対局者という立場も、皆の楽しそうな顔の誘惑には勝てない。
「あの・・・・・・、私もちょっと見学したいんですけど」
皆でテーブルを占領してブラック・ジャックをする。鈴木輝彦さんが時々奇声をあげ、場が盛り上がるのなんの。
谷川さんは時々思い出したように「私はもう帰らなきゃ」と呟きながら、かなり遅くまでやっていた。
対局一日目の昼、衛星放送の休み時間にプールで泳いでいると、最上階のスイートルームの窓だけ模様が違うことに気がついた。ああ、あそこで対局しているんだな。なんだか夢のようだった。
プールから上ると、エレベータの中で谷川さんにばったりあった。
僕はTシャツに短パン。サングラスの下の顔は真っ黒である。向こうは和服。
「同じ関係者とは思えませんね」といわれた。
将棋は放送時間ぎりぎり一分前に谷川さんがきれいに勝った。ぴったりでしたねと僕がいったら、終盤は時計を見ながら指していたんです、といわれた。へっへっへっという感じだった。その得意そうな顔は、とてもにくたらしいものに思えた。
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たしかに、海に入る時にメガネをかけて入るというのは、なかなかないことだ。
ところで、温泉にメガネをかけて入る人を見かけることがある。
いろいろ調べてみると、その人口は結構多いらしい。
HOYAでレンズ設計を行っている開発者のブログに、メガネで風呂に入る時の留意点などが書かれている→HOYAビジョンケアカンパニー 開発者ブログ
入浴時の安全確保、温泉に入った時に景色を楽しむことができる、などがメガネをかける理由のようだ。
私もメガネをかけているが、風呂や温泉に入る時は必ず外している。
メガネに気を遣わなければならないし、面倒過ぎる。
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蔵王の山麓にある露天風呂に入ったことがある。当然、メガネを外して。
夏だったが、湯気が多くたっていた。
その時、ふと次のようなことを思った。
「こんなに湯気がたっている上に裸眼だから、ほとんど何も識別できない。さすがに熊が温泉に入ってくればわかるだろうが、湯に入っている人が男性なのか女性なのかも区別がつかない。この露天風呂が混浴だったとしても、このような見え方なのだろう。つまらないな・・・」。
だからといって、メガネで温泉に入ろうとは現在に至るまで考えたことはない。
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一時期、コンタクトレンズにしていた時期があった。
しかし、装着するのと外すのに手間がかかるし、大酒を飲んだ翌日などはドラキュラが美女の生き血を吸う直前のような真っ赤な目になったことなどから、半年間でやめてしまった。
私は目が大きいほうなので、コンタクトレンズが目から落ちたらどうしようという不安感もあった。目の裏側に入ってしまったらイヤだなという思いもあった。
露天風呂の件は、コンタクトレンズを経験した5年後のことになるが、当然のことながらコンタクトレンズで温泉に入ろうという発想も起きなかった。