郷田真隆九段の真骨頂

縁があって、NHK将棋講座テキストでNHK杯将棋トーナメントの観戦記を3回書いたことがある。今から6年前のことになる。

生まれてはじめて書いた観戦記は、2005年度2回戦の郷田真隆九段-先崎学八段戦。

「郷田の真骨頂」という題で書いた。

自分の思い描いた絵図に向かって一直線に突き進む、郷田九段らしさ全開の攻め将棋。

今週後半は、将棋ペンクラブ大賞最終選考会の原稿作成作業などがあり、ブログの更新が難しいため、今日はこの観戦記を掲載したい。

NHK将棋講座2006年1月号より。

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郷田の真骨頂

対局前の控室、話題は視力だった。

「千葉さん視力はいいの?」

先崎八段が千葉女流王将に聞く。

「かなり悪いんですよ。外ではコンタクトですが家では眼鏡なんです」

「それは面倒だね。僕が受けたレーザー近視手術はお奨めだよ。どう、やってみれば」

「えっ・・・でもレーザー光線が眼球の底まで突き抜けそうで」

「今は心臓の手術だってレーザーを使っているんだよ。どうだ北浜君、やってみないかい」

眼鏡をかけている解説の北浜七段は、

「いやー、心臓ならわかるんですが眼はちょっと」。

やはり眼鏡の郷田九段は微笑みながら聞いている。

先崎のいる控室は賑やかだ。

十数分後。リハーサルが行われているスタジオでは盤をはさんで両対局者が向かい合っ

ている。

先崎は先程と打って変わってうつむき加減に厳しい表情で瞑想している。

郷田は淡々とした感じで盤を見つめている。

これから始まる対局は、この5週間で3局目の郷田と先崎の戦いになる。5週間前の棋

聖戦、10日前の棋王戦準々決勝、ともに郷田が勝った。これで対戦成績は郷田の8勝1敗、

先崎は郷田に分が悪い。

棋聖戦は郷田の陽動振飛車、棋王戦は矢倉だったが、本局はどのような展開になるのか。

記録係の許二段による振り駒は歩が3枚出て郷田の先手となった。

1図までの指し手

▲2六歩 △8四歩 ▲7六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金 ▲7八金 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成▲同 銀 △4二銀 ▲3八銀 △6二銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲4七銀 △6三銀 ▲6八玉 △6五歩 ▲7九玉 △5二金 ▲9六歩 △9四歩 ▲5八金 △4一玉 ▲1六歩 △1四歩 ▲3六歩 △3一玉 ▲5六銀 △5四銀▲3七桂 △4四歩 ▲4七金 △3三銀 ▲6八飛 (1図)

昔気質の二人

今年は愛・地球博が開催され大好評だったが、先崎は日本で始めての国際博覧会である大阪万博の期間中、昭和45年6月に生まれている。郷田は翌年3月の生まれ。学年が一緒である。この昭和45年度生まれには誕生日順で丸山、羽生、藤井、森内らもおり、極めて驚くべき学年ということになる。

その中で、先崎と郷田の二人はタイプの違いこそあれ昔気質な面を濃厚に持つ個性派だ。

先崎は奨励会時代から麻雀、競馬などに熱中し、一時は将棋以外は遊んでばかりの日々を送る無頼派だった。この頃得た経験や物事の感じ方に元来の多才さが加わり、先崎は将棋だけではなく週刊誌のエッセイや著作でも活躍を続けている。

一方の郷田は男らしい棋士と称される。棋風は自分の思い描いた絵図に向かって一直線に突き進む攻め将棋であり、良い手よりも気に入った手を指したいタイプ。普段の言動にも男気がある。自分の信念を大事にし、人の真似は好まない。多くの棋士が棋譜の検索をパソコンで行っているが、郷田はパソコンを所有しない。必要性を感じていないということもあるが、パソコンを使うことによって郷田らしい感性が薄められることを良しとしないのかもしれない。

さて、両者の対局、後手先崎の作戦が注目されたが、△8五歩以下オーソドックスな角換わり腰掛銀の展開となった。

△6五歩はタイミング的に少し早いが、いずれ突く予定の歩を今のうちに突いておこうというもの。

観戦場所である副調整室では制作担当者が、「今日の先崎さんは慎重だな。序盤から時間をかけて考えている」と話をしている。

駒組みが進み、郷田は▲6八飛と転回した。後手6筋の位を逆用した動きだ。

郷田はお茶を二口飲み脇息を前にずらした。

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1図からの指し手

△6二飛 ▲8八玉 △4三金右▲2五歩 △7四歩①▲2八飛 △8二飛 ▲6四角 △9二飛②▲4五歩 (2図)

一気に決めれば・・・

先崎の応対は△6二飛。受けに重心を置いた手だ。ここで△2二玉なら▲6六歩△同歩▲同飛△6五歩▲6八飛(▲同銀は△同銀▲同飛△7四角で飛車金取り)△6二飛▲6四歩がこの時の両者の読み。しかし、終局後に郷田が「よく見ると突けるかどうか」と語ったように▲6六歩には△5九角と斬り返され、以下▲5八飛△7七角成▲同金△6六歩のような、先手にとって防戦一方となる変化があったのだった。

△6二飛により6筋での接触は回避され駒組みに手が戻った。

△7四歩を見た郷田は▲2八飛と戻り、先崎も飛車が6筋にいては仕事にならないので△8二飛と戻す。

「互いに手を作るのが難しい角換わり」(北浜)の中盤の難所、考え甲斐のある局面。

郷田は持ち時間一杯考えて▲6四角と打ち据えた。自ら手を作りに行く手だ。

先崎は△9二飛と避けたが、ここで△7三角と合わせるのは▲同角成△同桂▲6四角△7二飛▲4五歩と先手の角はなかなか死なずに後手の飛車と桂の動きが牽制される運びと           なり損な分かれ。

角を要所に配した郷田の後続手は▲4五歩。聞き手の千葉女流王将をして「カッコいいですね」と言わしめた手だ。ここから終局まで郷田らしさを絵に描いたような一直線の攻めが繰り広げられる。郷田は▲6四角と打つ時から「一気に決めれば勝つ。長引くと負ける」と考えていた。

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2図からの指し手

△4五同歩▲同 銀 △同 銀④▲同 桂 △4四銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲5六金 △2二玉⑥▲2五歩①△同 歩 ▲8二銀②(3図)

気が付かない一手

▲4五歩から銀交換の後、郷田は飛車先を突き捨て▲5六金と一旦締まる。

△2二玉は▲6四角の間接的な睨みを避けた動きだが、それに対し郷田は▲2五歩と継ぎ歩攻め。2四の地点に先崎にとっては気持ちの悪い空間が出来上がった。

ここで、いつもはフワッとした感じで駒を置く郷田が駒音を立てて放った手が▲8二銀(3図)。先崎が「銀を打たれて急に焦ったんですよね」と語るほど、なかなか気が付かない手だが、指されてみれば「なるほど」という手。桂や香を確実に手に入れて2四に打つ狙いだ。

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3図からの指し手

△4五銀⑧▲同 金③△4四歩 ▲8一銀不成 △9三飛 ▲8四銀⑥(途中図)△4五歩 ▲9三銀不成△同 香 ▲9二飛 △2三銀 ▲5五桂⑦△3三金寄⑨▲5三角成△4六角 (4図)

痛恨の一手

先崎の△4五銀は勝負手。続く△4四歩に対し▲5五金と逃げたりすると△4六角▲2五飛△2四歩▲2九飛△5二桂で大変なことになってしまう。金を逃げる手は幸せになれそうにない。

そこで郷田は▲8一銀不成と桂の方を取りに行き、香を渡したくないと9三に上がった飛車に対しては▲8四銀と強引に攻めた。(途中図)。

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△6三飛と逃げると▲9一角成で▲5五桂と▲2四香が残るので、先崎は飛車を見捨てて金を取る。先手は飛車を手に入れたが△9三同香が、狙われている香が銀を取りながら幸便に逃げる手であるため先崎は「▲8四銀は有り難い感じがした」と述べている。

郷田は強い手付きで▲9二飛。▲2四桂△4二金寄▲5三角成を狙っている。△2三銀はこの防ぎ。

▲5三角成に対する△4六角が、先崎が最も悔やんだ手だった。2四の地点を守りながらの攻防手に見えるが、郷田の攻めをパワーアップさせてしまう結果となったのだ。

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4図からの指し手

▲2五飛⑧△5五角⑩▲2四歩 △同銀 ▲同 飛 △同 金 ▲5四馬⑨△4三桂 (5図)

一瀉千里の収束

先崎は▲2五飛と走られる手順を見落としていた。△2四歩と受けると▲4五飛から竜を作られてしまうので△5五角の一手。

続く▲2四歩から▲2四同飛が郷田らしい力強さと思い切りの良さ。▲5四馬で一気に寄り形になってしまった。

振り返れば4図の△4六角では△3七角が正解だった。収録終了後に続いた感想戦で変化が何通りも検討されたが、どれも先手が難しいという結論になった。変化の一例としては▲2四歩△同銀▲4三桂成△2八角成▲3二成桂△同金▲4三金△8二金(A図)。△8二金と蓋をされるのが痛い。

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さらに立ち戻って途中図▲8四銀では▲2五飛△2三歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三銀▲2八飛△4五歩▲2四歩△同銀▲同飛△2三歩▲2九飛と指す順も感想戦で検討された。

とはいえ、将棋は生身の人間と人間が指すもの。ギリギリの中で繰り出される手の応酬が多くのファンを喜ばせてきた。コンピュータには決して真似できない部分だ。本譜は郷田らしさが最も際立つ手順となっている。

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5図からの指し手

▲4一銀 △4二金打▲3二銀成△同 金 ▲4二金 △6九銀 ▲5五馬⑩△同 桂 ▲3二金 △2三玉 ▲3三金打△同 桂 ▲2二金 (投了図)

まで95手で郷田九段の勝ち

郷田、一気に決める

終盤も大詰め。▲4一銀は△4二金打と金を使わせてA図のような△8二金の蓋を消す手段。△6九銀は詰めろだが、後手玉は詰み。投了図以下は△1三玉▲1二金△同香▲3一角まで。

「▲6四角から終局まで1本の線がつながったような綺麗な流れ」(北浜)の一局だった。

NHKの近所にて

収録終了後の昼食時。昼食と言っても、これから別の仕事がある北浜以外の郷田と先崎、昼食に同席する機会を得た私は大振りの生ビールを飲んでいる。話題はアマチュアのプロ編入制度、コンピュータ将棋ソフトから一般ネタに至るまでと幅広い。

「先ちゃんのエッセイ毎週読んでるよ。いつも面白いよね」

「あの欄の愛読者はどういう訳か35歳以上の女性が多いんだよね」

先崎の週刊誌の連載は5年を超える。並大抵のことではない。ちなみに郷田は同じ週刊誌で中村うさぎさんのエッセイも愛読している。彼女も思ったことに向かって一直線に突き進むタイプだ。

生ビールが3杯目の頃、郷田が「ワープロ始めてみようかな」と言った。郷田は数年前の新聞で「究極のアナログ人間」(勿論良い意味でだが)と紹介されたことがある。当時から変わったことといえば、最近ようやく携帯電話を持ち始めたことくらい。北浜が「ワープロはなかなか便利ですよ」と勧める。「でもパソコンがあってもあまり使わないからな・・・そうだ、囲碁のネット対局ができるか」

郷田が仮にパソコンを手に入れたとしても将棋に活用するつもりはない。

それでこそ郷田である。

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