将棋マガジン1996年2月号、青島たつひこさんの「なんでもアタック 感動の目かくし五面指し成功!」より。
「今日は80%の確率で失敗すると思います。序盤で反則負けしても、残りの対局は最後まで指すことにしましょう」
佐藤プロは、最初にまずそう言った。前回の経験から、いろいろ考えてきたらしい。「反則負けイコール五面指しは失敗」だが、その場で残る対極を打ち切ったのでは、せっかく足を運んでいただいたファンの方に申し訳ない。
(中略)
挑戦者は以下の五人。
K君。
川崎市小学五年生。将棋連盟道場でアマ2級。
Cさん。
41歳。システムエンジニア。アマ初段。
甲斐智美さん。
川崎市長沢小学校六年生。女流育成会会員。アマ四段。
ISさん。
39歳。石油プラント関係会社員。アマ三段強。
IWさん。
32歳。通信建設会社社員。元明大将棋部レギュラー。アマ四段強。
(中略)
午後二時。開始から一時間進んだところで三十六手進んだ。前回の倍くらい時間がかかっている。午後三時には六十手を超え、この辺りから形勢のはっきりする将棋が増えてきた。
まず三時八分。矢倉の急戦で臨んだ甲斐さんが投了。続いてISさんとK君も投了に追い込まれた。いずれも佐藤プロの完勝。反則がなければ勝つのは当然だが、一手の緩みもなく完璧に寄せ切るところがすごい。
記録を採った勝又環初段(前回、森内プロの三面指しでも記録係を務めた)は「前回のことがあるから、五面は難しいと思っていました。プロでも、同じことをできる人は二、三人しかいないと思う。素直に感動しました」という。
「素直に感動した」。これは記者も同じ気持ちである。竜王戦七番勝負の真っ最中、忙しい日程の合間を縫って佐藤プロはこの企画に挑戦してくれたのだ。静まりかえった対局室、大勢の観客が息を殺して見守る中、目かくしをした状態で、びしびしと急所に駒を進めて行く(言葉でだが)佐藤プロの姿は、オーバーではなく、神がかり的に見えた。
午後三時三十五分。善戦していたCさんが投了。
(中略)
午後三時三十八分。IWさんが投了して、ついに佐藤プロの五面指しが成功した。わっと沸き起こった大きな拍手。いいシーンだったなあ。
対局のあと、両プロに目かくし多面指しの感想を聞いた。これを持って、今回の企画のまとめとしたい。
①対局中の、頭の中の情景は。
佐藤「活字ではない。暗闇の中に自陣と自分の持ち駒がぼんやりと見えている状態」。
森内「普段の対局を思い浮かべています。実際の盤と駒を前にした、そのままです」。
②五面(三面)の配置状況は。
佐藤、森内「一手ずつ、その局面だけ呼び出してくる。将棋盤がずらりと並んでいるわけではない」。
③駒台は。
佐藤「自分の駒台だけははっきり見えていた」。
森内「相手の持ち駒は覚えなくても指せる」。
④目かくし多面指しの限界は。
佐藤「目かくしは慣れが大きい。実際に終わってみると、今回のほうが楽でした。相手にもよるし、その時の状況にもよるが、十面までは可能かもしれません」。
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目かくし五面指しの対局相手には、小学生時代の甲斐智美女流王位も含まれていたことになる。
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中井広恵女流六段のエッセイによると、佐藤康光九段が「十面までは可能かもしれません」と言ったのは酒の席でのことだったという。
佐藤康光九段は、この後、デパートの将棋まつりでも目かくし三面指しなどを担当させられてしまうようになり、
「何で僕ばかりがやらされるんですかねぇ。他の人だって、やればできますよ」
と、 タメ息まじりに話すことになる。