非常にシビアな座談会

将棋世界1979年1月号、担当記者座談会「なぜ中原を倒せないのか」より。

出席者は井口昭夫さん(毎日)、田辺忠幸さん(共同)、表谷泰彦さん(日経)、山田史生さん(読売)、福本和生さん(サンケイ)。司会は清水孝晏編集長(当時)。

変貌した中原

福本 どうだろうねえ、最近の中原さん、ちらっと自己主張をみせるようになったんじゃないの。

山田 みせますね。

井口 やっぱり一流になったし、将棋に対する欲も出てきたんじゃないのかな。

福本 たとえば、タイトル戦の対局中に知らない人が観戦していたりすると、ボクらを呼んで”あの人に遠慮してもらってください”といったり。そんなこと絶対にいわない人だったのにね。

山田 そうそう。それはボクも経験ある。

井口 私もですね。

福本 今はね、そういうことをハッキリいいますよね。

田辺 それだけ将棋に身を入れてんだね。

清水 やっぱり将棋に欲が出てきたんじゃないですか。今までは我慢してた。

福本 がまんね。

田辺 当然我慢してた。

井口 それはある。

清水 自信を持ってきたし将棋を大事に思っているから、それだけ発言するようになってきたんじゃないですか。第一人者ですからそれは当然ですよね。将棋に打ち込むんだから。

田辺 遠慮していわない方がおかしいと。

山田 やはり将棋に打ち込む姿勢が他の人とは違いますよね。中原さんは若手棋士とか奨励会員とかで月1回ぐらい研究会を開いているそうですが、あれだって、今将棋を一番勉強しているのは奨励会員ですよね。新しい先方などに敏感なのはそういった人たちで、だから中原さんは指導するんじゃなくて、むしろ若い人たちの息吹を吸収してるんじゃないですか。

井口 奨励会員と一緒にリーグ戦なんかもやってるしね。

田辺 あれ、たしか2年ぐらい前からですよね。

山田 米長さん、やってないでしょ。

清水 いや、米長さんにもそういったグループはあるらしいけど。

田辺 でもやっぱり中原さんが一番勉強してるんだよ、上位クラスじゃ。才能がある上に勉強してんだから。

山田 米長さんというのは多少ポーズがあってね、全然遊びでやっているような感じで自分が一生懸命やっているような素振りをみせないところがあるからね。

一同 そうそう。

山田 米長さんは切れるという面があるから、自分もケガをするというようなところもあるんじゃないですか。

清水 ナタみたいな刀で切る方がね、切れ味悪いけど確実なんじゃないですかね。

井口 そうね。だから今度の名人戦の指し直しになった第5局ね、中原さんが仕掛けていけばよかったという説が多かったんですけれど、帰ってきてあとで皆で研究してたら、必ずしも名人がよくなかったという話が出てきたからね。

プロはハングリーになれ

清水 ある人がいっていたんですけれど、”タイトルを取る人はハングリーでなければ取れない”っていうんですね。そういう話もあるんですが……。

山田 それはね、ボクもいいたかったの。いま中原さんに対抗するような若手がね、あんまり出てこないでしょ。ボクはね、若手の収入がよくなりすぎたと思うの。

清水 そうですね。

山田 四段になれば月収30万円ぐらいあるっていうんですよ。普通のサラリーマンの課長部長クラスですよ、これは。四段になってしまえばそれでもう目標達成みたいな感じで、おもしろおかしくできるわけです。

井口 毎日働いているわけじゃないしね。

山田 皆、先生、先生っていってくれるしね。それでもうそれに満足しちゃって……楽にくえるわけです。

清水 その若手の生活ぶりと冒頭に掲げた”なぜ中原を倒せないか”といったことにも結びついてくるわけですよ。

山田 将棋界でね、いい生活して喰えるっていうのは上位の10人~15人くらいで、あとはもうまるっきり喰えないっていう状況の方が強いのがどんどん出てくる気がするけど。

井口 今はもうたくみに生活しているような感じだね。

清水 それでも、くえないくえないって…

田辺 ぶつぶついってるね。

福本 関連してるけど、森さんが冗談めかして”負けたものには一銭もやらんでいい”

一同 といってましたね。

福本 そういったものじゃないか!と。この道に入った以上は。それをね、悪平等でみんな平等にしてるけど、それはやっぱり勝負の気合をゆるめているんじゃないかな。

山田 月給制とかね。

一同 そうそう。

山田 あれはあまりよくないですね。ゴルフの賞金がすごいたって、あれは上の方だけでね、下の方は自費ですからね。

田辺 いまの制度じゃ、強い人は出てこないね。

山田 出てきませんね。

福本 よほど自立してやらないとね。

山田 だから今の制度はね。中原さんにとって非常に助かる制度ですね。”中原さんは強いから独り占めにしてもいい”と。だからもう自分は…。

清水 あきらめた(笑)。

井口 給料さえもらえればいい(笑)。

山田 賞金制になるのは非常に損だと思っているかもしれないけど、むしろそれは反対で、中原さんにプラスになっている月給制ですね。

田辺 本当にね。あと20年ダメかなっていっている棋士もいるしね。

福本 そうなの。

井口 戦わずして…(笑)。

山田 もうだめですよ当分、出てこないですよ。

清水 さみしいですね(笑)。

やる気の二上

清水 ところで棋聖戦はどうなってます?

福本 森安さんが出てて、二上さんと桐山さんの勝者とで挑戦権を争うわけです。

清水 もし二上さんが勝つと、名人戦と両方関連して…。

福本 おもしろいですね。

清水 二上さん好調の原因は何でしょう?

井口 痛風のせいでしょう(笑)。酒がおもうように飲めず、それにも増して節制してると。それとふがいない人が増えたから。

田辺 彼自身も、ここで一花咲かせようという気があるしね。人前じゃそんなこといわないけど、結果が如実に語ってる。

福本 この際、勝てるだけ勝とうと(笑)。

田辺 全部”挑戦者になる”ってはりきってますよ。

井口 有力だよね、名人戦も。1敗者がいないんだもんね。

一同 そうそう。

田辺 断然有力だよ。

井口 当面の敵も倒してるしね。

清水 その大山名人も、最近少し活躍してるんじゃないですか。

井口 今年はね。

田辺 去年が悪すぎたものね。

(つづく)

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いろいろな考え方はあるだろうが、死ぬほどの苦労をして奨励会を抜けて、その先に待っているのが「いい生活をできるのは上位の10人~15人だけで、1円の収入の保証もない世界」では虚しいし、将棋のプロを目指す人は激減するのではないだろうか。

そういう制度の方が強い若手棋士がどんどん出てくる、タイトルを取る人はハングリーでなければ取れない、という意見も、個人的には疑問を持っている。

いろいろな理由はあるが、そのそも理由以前に、対談のこの回で述べられていることが決して正しくなかったことは、その後の歴史が証明している。

この頃すでに谷川浩司九段がプロになっているし、羽生世代が奨励会に入るのも、この対談から4年後のこと。

どのような制度であろうが強い人が出てくるときは出てくるし、出てこないときは出てこないと思う。

・・・とは言え、これはその後の歴史を知っているから言える後出しジャンケンのようなもので、当時の意見はこの座談会のような雰囲気が大勢だったのだろう。