将棋世界1979年1月号、担当記者座談会「なぜ中原を倒せないのか」より。
出席者は井口昭夫さん(毎日)、田辺忠幸さん(共同)、表谷泰彦さん(日経)、山田史生さん(読売)、福本和生さん(サンケイ)。司会は清水孝晏編集長(当時)。
出でよ、大型新人!
表谷 将棋の指し盛りってのは、歴史的にみていくつぐらいなんでしょう。
井口 20代の後半から30代ぐらいですか。大山さんが一番強かったのも20代の後半から30代でしょ。
山田 いま若手といわれているのも、20代のなかば過ぎになってる人がずいぶんいますからね。
田辺 中原さんと大して違わないしさ。
井口 30近い人が多いですね。
田辺 うんと若い人が出てこなきゃ、いまの中原さんはちょっと…。
井口 その意味じゃ、あとで出てくる谷川君なんかね。
清水 あとヨチヨチ歩きの子とか、まだ生まれてこない子とか(笑)。
山田 ただ今年、奨励会に若い人がこれまでに一番多く入りまして、学校でも、クラブ活動で取り上げるところが増えてきて、まあ今の小中学生が大人になりまで…。
清水 しょうがないですか(笑)。
山田 しょうがないですね(笑)。
井口 いやあ、そんなことはわからんと思いますよ。たとえば長岡が相撲界に入ったようなそんな感じが、今度の奨励会新入会員にあるんじゃないの。塚田君とか達君とか、入る前にちょっと有名になった。
田辺 そうですね。これからはチビっ子はどんどん強くなっていくでしょうね。
清水 谷川君はどう思われます。
福本 谷川君については、おもしろい話があるんですよ。たまたまボク、大阪で内藤さんとしゃべっててね、神戸に強い少年がいてそれで来たそうですよ内藤家に。兄弟二人いるんです。で、どっちをプロに?の問いに内藤さんが盤に並べてみて、”あっこれは弟です”と。”弟ならA級八段になるのと違いますか”といったそうですよ。そのとき谷川君はまだ小学生でしょ。才能はあるんじゃないですか。
山田 谷川君、見た感じ朴訥でね、他に趣味があんまりない感じがまたいいんですよ。中原さんみたいで。
福本 体が虚弱みたいな感じよね。
井口 ボクはね、大山さんのちっちゃい頃にそっくりだと思うんですよ。
福本 ははあーなるほど。
山田 若い頃のこまっしゃくれたというか才気あふれるといった感じがないね。
田辺 ない!ない!
井口 谷川君は将棋が強くて四段になったけれど、将棋の強さよりも行儀のよさが先行してるんですよ、評判がいいのは。大山さんとか中原さんがそうだったでしょ。だってね四段になりたてだけど、関西本部に行ったときお茶を入れてくれるわけですね。先輩が対局してるでしょ。ふすま開ける時に「失礼します」と入ってうるんです。
表谷 よくできてますね。
田辺 この間、関西で四段になった福崎君も18歳で、谷川君につぐ若さですね。
山田 電話でインタビューしたんですけどおもしろいんですよ彼、自分は自分の道を行く感じで、ハングリー的な要素はあると思うんですが、さわやかさを感じましたね。
田辺 奨励会で谷川君とどうだったって聞いたら”2勝6敗で歯が立たなかった”っていってましたけどね。だけど三段も半年で卒業だからね。
井口 谷川君の自戦記が毎日の夕刊に載ったんですが、(先)小阪四段2六歩、3四歩、7六歩のとき5四歩と突いたが、奨励会ならすぐ4四歩としたのに、5四歩としたのはいろんな将棋を指したくて…とあって、悪くなるんだけど結局勝っちゃう。まあ原稿の早い人ボクは好きなので、また点数がよくなるんだけれど(笑)。
福本 しかし誰かいないのかねえ。
井口 A級八段になる人ってのは、3、4人あげられるだろうけれど、それを突き抜けていく人ってのは、ちょっとあげにくい。
田辺 まあ見当たりません。
清水 そうすると谷川君あたりしか、
田辺 そうそう中間がいないんだよ。
福本 石田さんというのは将棋への執念は相当なものらしいですけど、どうなんでしょう。
田辺 ある、ある。
井口 ボク、あの人も好きだなあ(笑)。
山田 まだ独身生活をエンジョイしているような面もありますしね。やっぱり将棋に対する執着力が、まだ中原さんのところまではいってないような気がします。
将棋への愛
表谷 中原名人というのは将棋に対する愛着力が強いんじゃないですか。駒を並べるにも、他の棋士と違ってひとつひとつ丁寧に、いとおしむように並べられます。師匠の高柳八段は”楽しみが少なく成長したから”とおっしゃってましたけど、勝負そのものより、将棋が好きで好きでしようがないといった感じを覚えます。
田辺 兄弟子の芹沢さんが「中原は将棋指しの中で一番将棋を愛している」といってましたね。
福本 愛してなきゃ、なかなかタイトルは取れないってことですか。
清水 しかし、どっかで誰かが破ってくれないとおもしろくないですね。正直な話。
福本 破れないんじゃないですか。
表谷 囲碁の方は分散してるのに将棋は一人でしょ。それについて加藤治郎名誉九段が”木村・大山時代が長く続いて、今また中原時代が長く続こうとしているのは、将棋というゲームが碁よりシビアだからじゃないか。碁の場合、ほんの少しの差であっちへ転んだりこっちへ転んだりするが、将棋の場合、その差がストレートに出るのではないか。だからA級の森、米長、大内にしろ、紙一重の差なんだけれども、その紙一重の差がそのまま反映されるのではないか”と。
井口 それはありますね。盤面がせまい分だけの率でね。その差は大きいんです。
清水 だから、その差を越えようと誰かが努力してほしいんですけれどね。
福本 中原さんとまだ大勝負をやっていない森安とか、石田の七段陣はどうですか。
田辺 やはりまだまだかな。中原さんは、森安、真部に負け越してたけれど、とうとう追いついたからね。これからは差が開くような気がするね。
井口 しかし今年の成績はすごい。
田辺 名人戦とか王位戦とかは負けにならないですね。本当の負けといったら加藤博戦(共)とか石田戦(将)。どうも加藤姓に弱いですね。だから若手で加藤って強い新人が出てこなくちゃいけないんだ(笑)。
井口 名前変えたらどう(笑)。
一同 (笑)。
はたして中原を倒すのは?
清水 とりとめもないんですが、やはり谷川君がでなきゃダメですか?
井口 楽しみですね。他に淡路さんとか真部さんとかもいますけど。
表谷 森さんもまだ1回きりだし。
福本 大山時代の升田さんがいない感じがするね。何人かの名前は出るんだけど…。
表谷 ピタッとくるような人がね。
井口 ”あの人が出てくりゃ、ちょっと”という感じの人もいないもんね。
田辺 まあピンさんが挑戦者になればね。
山田 一番近いのはそうだね。あと期待したいのは田中寅四段、まだ十段戦リーグで残留を決めた森安七段あたりですね。
清水 大内さんなんか、あれだけの勢いであがった人ですからね。
井口 大内さんは勢いに乗れば驚異的な破壊力をみせるのですが、なんというか辛抱が足りないような気もするね。
田辺 中原さんに比べたら、将棋そのものの幅がせまいって感じがするよ。
山田 しかし何といっても勢いがあるからあのへんのクラスがね、がんばってくれなきゃ、こっちも困る。
表谷 たとえば今度の王座戦の第2局の中原名人の△4九金。あれを打たれて”頭の中が混乱し、指す意欲が失せた”とおっしゃってましたけど。
田辺 逆に中原さんは打たれたって平気だよね。
表谷 だから名人になるには、そういった図太さも身につけないといけないのでは。
井口 大内さんは相手の気にならないことが妙に気になるところがあるでしょ。たとえばビアガーデンの騒々しさとか祭り囃子。これは不利ですね。
山田 本人もわかっているんですよ。わかているんですけれども…。
井口 性分だからしょうがない。
山田 そうですね。中原さんはそういうことはないですね。
田辺 内藤さんはどう?勝率いいよ。
福本 歌もいいけど、この3年のロスは内藤さんに大きいと思う。取り返しのつかないロスじゃないかな。
田辺 でも歌の才能もあり過ぎたからね。
福本 のめり込むことはない。
田辺 最近はね、将棋を勝ちたいと思ってやってるんだって。だから勝率もいい(笑)。
一同 ホントかなぁー。
田辺 でも調子はいいんだよね。
井口 順位戦も4連勝で昇級候補だし、他の棋戦でもがんばってるからね。
田辺 内藤さんの将棋の才能は大変なものですからね。なんとかがんばってもらいたい。
表谷 今年はA級にカムバック!
田辺 がんばってもらいたいねえ。ところで高島七段、今年調子いいでしょ。あれはね住んでいる八尾市がこぞって応援してるんだって。それですっかり喜んじゃって。
田辺 今年あたりやるよ(笑)。
編集部 どうも長い間ありがとうございました。
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この頃、谷川浩司四段(当時)は16歳でプロになって2年。
次世代の名人として、まだ絶対視されていなかったのかもしれない。
谷川浩司四段は、この直後から連続昇級を続け1983年に名人位を獲得する。
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大内延介八段(当時)が「頭の中が混乱し、指す意欲が失せた」と言った中原誠名人の△4九金とは、1図の△4九金打ち。
ここから20手後に、入手した銀を△3九銀と打つことになるのだが、「名人に定跡なし」とつくづく感じさせられる△4九金だ。