将棋世界1982年5月号、「名人戦、私はこう見る 各界予想アンケート」より抜粋。
第40期名人戦の挑戦者はいよいよ加藤一二三十段に決まった。現在の中原誠名人にとっては最大の難敵といって過言ではあるまい。戦いを前にして中原名人は意外に余裕の発言。一方の加藤十段はインタビューも断って無言の闘志を表わす。両雄の師匠、A級棋士、各界将棋通の見る名人戦はさて……。
質問1 勝敗予想、○対○で○○勝ち。その理由は?
質問2 あなたが挑戦者なら、中原名人攻略にどんな手を考えますか?中原誠名人
加藤さんが挑戦者になりましたが、これは去年の暮に加藤-内藤戦で加藤さんが勝った時から予想してましたからね。加藤さんというと以前はカラ咳などのクセが気になったこともありますが、最近はそれほどでもありません。タイトル戦で顔が合うのは一昨年の十段戦以来ですが、加藤さんは今絶好調のようなので私としてもうまく第1局に向けて調子を持っていきたいですね。まあマイペースで自分の力を出せればと思っています。
大山康晴十五世名人
- 中原さんも加藤さんも今が指し盛りで、気力、体力すべてに充実した時で実力を十分出しきる好勝負になるでしょうね。中原さんのほうが名人戦のひのき舞台は慣れているという意味はありますけど加藤さんも好調ですからね。いい勝負でしょう。
藤沢桓夫(作家)
- 4-3で中原。最近の加藤一の充実は素晴らしい限りだが、中原もひと頃の不調を脱したと見る。そこで両者間の過去のデータが物を言って、中原が僅かの差でタイトルを守るでしょう。
- 正直なところ、この顔合わせは、また全局似たような相ヤグラに終始して、ファンをうんざり退屈させるのではないかと憂えられる。大内や森みたいに中原を苦しめ、ファンをハラハラさせたいのだが、加藤一は振り飛車は指さないし、ハテ困った。桐山か森安に出て来てほしかった。中原を倒すのはやはり振り飛車、私はそれで行く。
石堂淑朗(脚本家)
- 四対三で加藤の勝ち。木村、大山両名人とも在位中に一度ずつ塚田、升田に名人位を奪われています。中原名人にも一度は生じましょう。人の子ですから。中原名人から一度は名人位を奪いそうな人、それは、精進の人加藤十段です。今年の加藤氏はラスト・チャンスと最後の力を振りしぼります。稀に見る大勝負です!
- 対局場に入る前に”勝つと思うな、思えば負けよ”と三度、呪文のように唱えます。
高木彬光(作家)
- 四-三にて中原名人の勝ち。
- わかりません。もしわかったら今ごろは挑戦者になっているでしょう。
リーガル秀才(漫才師)
- 4対2で中原名人の勝ち。演芸家名人戦やその他の件で色々とお世話になってる個人的熱望で……?
- 名人に精神的動揺を与えるより他に手段はありません。ただ毒薬入りのレモンやオレンジはいけません。下らないシャレを連発して集中力を欠かせるのが一番だと思います。
永六輔(タレント)
- ○対△で□□の勝ち。(勝負ですから)
- いきなり張り倒します。
川谷拓三(俳優)
- 4-2で中原名人。よゆうか…!
- 無手勝流
二上達也棋聖
- 4-3で加藤十段の勝ち。つまりね、加藤さんの調子そのものより、中原さんの調子が問題なんですよ。それと中原さん9連覇でしょ。10回目てのは危ないんですよ。
- 中原さんは相手のことを気にするようなところがある。だからそういう面を逆用してなにか気を使わせるようなことを考えるのがいい。森さんみたいに頭剃ったりしてね。フフ。
米長邦雄棋王
- 4-2で加藤十段の勝ち。加藤一二三十段の勝ち。尊敬する大好きな加藤さんに勝って欲しいから。
- これが思いつかないのでいつも苦戦している。
高橋健二(独文学者)
- 四対三で加藤十段の勝ち。加藤十段は安定した強味と粘りを高めているから。
- 名人に攻めさせる策戦をとる方がよいと思う。
遠藤周作(作家)
- 加藤4-3中原。まさに今期の加藤(一)は絶好調である。加えて対内藤戦、石田戦等苦しい将棋をひろったツキを重んじたい。
- 左美濃をやらないという約束なら振り飛車、他には考えつかない。
森雞二八段
- 4対3で中原の勝ち。接戦だとは思うが、やはり今までの実績がものをいうんじゃないの。いや、逆の目もあるかもしれないね(笑)
- これは軍の機密だから教えられない。秘密にしとかなきゃ(笑)。挑戦者になったらバンバン私が教えます。
内藤國雄九段
- 4-3で加藤勝ち。運勢上加藤さんが一度名人になると思う。それは今年である。
- 私も名人をねらっている一人だから、ちょっと言うわけにはいきませんね。
小松方正(俳優)
- 四対二で中原名人。
- 無手勝流(勝てる手なんてあるんですか?)
湯川恵子(女流アマ名人)
- 4-3で中原勝ち。中原不調、加藤絶好調のようですから、七局までいって、「最後の一番に強い」中原が防衛でしょうか。
- 銀多伝定跡(二枚落ち)でせまります。もし、私がプロで名人戦の挑戦者ならという意味でしたら、それはあなた、そうなってみなければわかりません。
北杜夫(作家)
- 四勝二敗で中原名人の勝ち。加藤十段も好調ですから、先勝すればもっともつれるかも。
- 大山流のふり飛車。
吉田拓郎(歌手)
- 4対3で中原氏の勝ち。「口で言えない、中原の強さ」
- 仕方無いので、私の場合、6枚落ちでお願いするでしょう。
市川海老蔵(歌舞伎役者)
- 四対三で中原名人の勝。
- 私が挑戦者なら―相やぐら。
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ここに抜粋した以外に、倉島竹二郎さん、桐山清澄八段、土岐雄三さん、南芳一五段、赤木駿介さん、中村修五段、林秀彦さん、田中寅彦六段、鈴木輝彦六段、東公平さん、蛸島彰子女流名人・王将、高橋道雄五段、豊田穣さん、冨士眞奈美さん、淡路仁茂七段、つのだじろうさん、福崎文吾七段、山田良一さん、森安秀光八段、高柳敏夫八段、南口繁一八段が予想を述べている。
集計をすると、
中原誠名人の勝ち 18人(うち棋士3人)
加藤一二三十段の勝ち 8人(うち棋士4人)
わからない 13人(うち棋士9人)
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加藤一二三名人が誕生することとなるが、二上達也棋聖(当時)と内藤國雄九段の予想が特に冴えている。
二上棋聖の「10回目てのは危ないんですよ」は、それまでの事例としては、大山康晴十五世名人が王将戦で9連覇(1963年~1971年)、この後には、羽生善治三冠が王位戦で9連覇(1993年~2001年)、渡辺明竜王が竜王戦で9連覇(2004年~2012年)のケースがある。
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10連覇目を見事に乗り切ったのは、
羽生善治王座 19連覇(1992年~2010年)
大山康晴名人 13連覇(1959年~1971年)
大山康晴王位 12連覇(1960年~1971年)
羽生善治棋王 12連覇(1990年~2001年)
大山康晴十段 10連覇(1958年~1967年)
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映画『ニューシネマパラダイス』で、一人の女性に恋をしている主人公トトに、トトが父のように慕っているアルフレードが聞かせる物語がある。
昔々、王様がパーティーを開いた。その時に護衛の兵士が王女を見て、一瞬のうちに恋に落ちてしまった。
ある日、兵士は王女に話しかける。王女なしでは生きていけぬ、と。
王女は彼の深い思いに驚いて、次のように言った。
「100日の間、昼も夜も私のバルコニーの下で待ってくれたら、あなたのものになります」
兵士はすぐにバルコニーの下に行く。2日…10日 20日たった。毎晩、王女は窓から見たが兵士は動かない。
雨の日も風の日も雪が降っても、兵士は動かなかった。
そして、90日が過ぎた。兵士はひからびて真っ白になった。眼から涙が滴り落ちた。涙をおさえる力もなかった。眠る気力さえなかった。王女はずっと見守っていた。
99日目の夜、兵士は立ちあがり、椅子を持って行ってしまった
トト「最後の日に?」
アルフレード「そうだ、最後の日にだ。なぜかは分からない」
そして、アルフレードは「分かったら教えてくれ」と言ってトトと別れる。
二上棋聖の「10回目てのは危ないんですよ」とは意味するところは異なるが、9連覇、19連覇という数字を見ると、この話を思い出してしまう。
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兵士がなぜ最後の日に去っていったのかは、本当に分からない。
映画の前後関係から判断すると、主人公のトトが愛している女性とトトは結ばれない運命(彼女の親が身分の高い銀行の重役で、家柄的にトトとの交際には非常に否定的)であることを、いずれはトトに気付いてほしい、そして、彼女のことは忘れて自分の進むべき道に邁進してほしい、というアルフレードの思いから語られた物語のようだ。