佐藤康光棋聖(当時)「少し考えるので、30分後にもう一度電話してください」

将棋世界2005年8月号、鈴木宏彦さんの第76期棋聖戦五番勝負〔佐藤康光棋聖-羽生善治四冠〕第1局観戦記「妥協なき攻め合い」より。

 この棋聖戦第1局を数日後に控え、両対局者に電話でインタビューしたのが6月5日夜。それぞれ30分ほどの短い時間だったが、内容は盛りだくさんだった。

「佐藤さんとの将棋で最も印象に残っている一手は何ですか」という質問に対して、羽生はノータイムで平成13年A級順位戦の▲7三銀(後述のインタビュー参照)を挙げた。言葉を聞いていて、その局面と将棋の内容が一瞬にして頭に浮かんだ様子が分かる。十代の頃から全く変わっていない、「羽生の頭脳」である。

 頭の中が常に理路整然と整理されていること。その結果、外からのアクションに対して瞬時に反応できる態勢ができていること。これは羽生という人間の持つ大きな特質の一つであり、これがその将棋の技術を支える重要な基盤になっているのは間違いない。

 一方の佐藤は同じ質問に対して、「少し考えるので、30分後にもう一度電話してください」と言った。この几帳面さと律儀さも佐藤の特徴である。

 佐藤が挙げたのは何気ない序盤の一局面だった。かなりマニアックなプロでなければ気付きそうもない羽生の複雑な工夫。それを敢えて「これしかない」と指摘するところが佐藤らしい。

 対羽生戦を得意にしている棋士はほとんどいないが、佐藤も例外ではない。過去、佐藤の対羽生戦の成績は25勝59敗。最近10局に限っても1勝9敗!

 にも関わらず、インタビューの最後に佐藤は、「今回の五番勝負は勝つ自信があります」と言った。佐藤のことだから何かはっきりした根拠があってのことに違いない。今回の棋聖戦は面白くなると思った。

(以下略)

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羽生善治竜王、佐藤康光九段の個性がそれぞれ十分に発揮されているエピソード。

羽生世代の棋士全員に同じ質問をして、それぞれの棋士の反応を知りたい。

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「○○さんとの将棋で最も印象に残っている一手は何ですか」という質問。

これは観る側でも「○○さんの将棋で最も印象に残っている一手は何ですか」という質問に置き換えて考えてみると楽しいかもしれない。

自分にとって升田幸三実力制第四代名人の将棋で最も印象に残っている一手、大山康晴十五世名人の将棋で最も印象に残っている一手などなど。

最も印象に残っている一局を選び出すよりも難しいような感じもする。

最も印象に残っている一手が、最も印象に残っている一局で指された手ではない場合も多いと思う。