近代将棋1983年8月号、金井厚さんの第6回若獅子戦準決勝〔南芳一六段-神谷広志四段〕観戦記「リトル大山対第二の升田」より。
南六段と神谷四段の準決勝。
「昨年もやってますね」
と話しかけたら南六段が、
「2回戦で一緒です」
と答えた。
20歳で六段。前期若獅子戦優勝、勝率NO.1、新人賞、連勝賞(15連勝)。すべての面で抜群の成績をおさめた。”リトル大山”の評判通り、腰のじっかりした独特の受け将棋。若手棋士のなかでは頭ひとつぬけた存在である。
対する神谷、言動の面白さでは若手棋士中ピカ一。
「前回とまったく状況がおなじなんですよ。現在4連敗中。あの時も4連敗していて南君に負けて5連敗。ついでに6連敗しました。この将棋は相手中心に見てください」
もちろんこれは彼一流のジョーク。胸のうちは激しい闘志が燃え盛っているのに違いないが、それを前記のように表現する。
師匠の広津久雄八段が4人の弟子をこんなふうに評していた。
「青野は人間がしっかりしている。鈴木は頭がいい。菊地は最後の将棋指しという感じ。神谷はおもしろい」
どんなふうにおもしろいのか広津八段の話をつづけて紹介しよう。
「このあいだ升田さんから電話がかかってきて、君の弟子に変わっているのがいるなというんだ。それが神谷のことで、升田さんが連盟で神谷に会った時、君は誰だといったら、第二の升田ですと答えたらしいんだ。まったくあいつらしいよ」
神谷は将棋の方も変わっていて、風変わりな作戦をよく見せる。
「24手目まで誰が指してもおんなじ将棋なんてのはファンに失礼ですよ」
これが神谷の口ぐせ。24手目までというのは矢倉のこと。”見せる将棋”が神谷のモットー。こんなところも升田九段的である。
(中略)
感想戦での神谷語録。
「△4一玉で、ふつうこの形は向こうが困っているでしょ」
「何をやってもいいんで実は困った」
「向こうの手番でも困るんじゃない」
「この将棋負けたら勝つ将棋ねえな」
(中略)
ところが△6四歩が変調。将棋をもつれさす原因になった。
(中略)
再び神谷語録。
「ひどいねえ」
「△6四歩。ここをいじる必要はまったくなかった」
「あの局面では夢見心地で指していた。純粋に頭が悪いと書いておいてください」
5図から、南があっと驚く逆転劇を見せる。
(中略)
感想戦に集まった小林七段、室岡四段らに、「笑ってくださいよ」と自嘲気味にいう神谷。この将棋を負けたのは大ショックだったに違いない。
(以下略)
* * * * *
「青野は人間がしっかりしている。鈴木は頭がいい。菊地は最後の将棋指しという感じ。神谷はおもしろい」
廣津久雄九段門下の、青野照市九段、鈴木輝彦八段、菊地常夫七段、神谷広志八段。
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感想戦で、一度でいいから「何をやってもいいんで実は困った」、「そっちの手番でも困るんじゃない」、「この将棋負けたら勝つ将棋ねえな」と言ってみたいものだが、よくよく考えると、全て負けた時の感想戦で出てくる言葉だ。
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「このあいだ升田さんから電話がかかってきて、君の弟子に変わっているのがいるなというんだ。それが神谷のことで、升田さんが連盟で神谷に会った時、君は誰だといったら、第二の升田ですと答えたらしいんだ。まったくあいつらしいよ」
「第二の升田です」と答える神谷四段(当時)も凄いが、そもそも「君は誰だ」と聞く升田幸三実力制第四代名人も凄い。
「君は誰だ」と聞かれることは長い人生の中でもそうそうないことだと思う。
もっとも、全く見ず知らずの人から通りすがりに「君は誰だ」と聞かれて腹を立てるのとは違って、升田実力制第四代名人から聞かれたのだから、神谷四段も嬉しかったことだろう。