将棋マガジン1990年10月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ 何でも書きまっせ!!」より。
Q.とっておきの駒
神吉先生に質問があります。
取った駒を駒台に乗せないとルール違反になりますか。プロの対局で終盤、とっておきの歩を手に隠し持ってたら、どうなりますか。
(福島県 Nさん)
A.あなたならどうする
ルール違反ではないけども、マナー違反といえます。
よくオッチャンが駒台に駒を置かず、手に持ってパチパチやってるのがありますね。「オッチャン、ナニ持ってんの?」「おっ、金と銀2枚とヒョコや」「駒台に置いてーな」「そやな。すまん、すまん」まあそんな感じで、やんわりと促すのがええでしょうね。
プロの場合、そんな駒台に駒を乗せないような、ヘンなヤツは絶対におりません。昔、剱持七段が駒台の上に駒を置ききれないほど取って、対局者に「悪いけど歩はタタミの上に置くよ」と断りをいれて実際に駒台以外に駒が置かれたことはあるけれど。しかし、知らんうちに駒台から駒が落ちて、気がつくと歩がほしい時に歩が落ちている。ひょっとしたらこんな事があるかもねえ……。一生懸命頭の中で棋譜を再現しながら、自分の持ち駒の歩だとわかった瞬間!さあ、どうする?
いつの間にか答を書くはずが質問者に変わってしまったワタシであったが、果たしてみんなどうするんだろうと中村修七段、井上慶太五段に聞いてみた。
(関東代表)中村七段「プロですからねえ、気がつかないはずがないでしょうし、まあ落ちているのを平然と拾って、あっ失礼なんていいながら使いますよ。当然でしょう」
(関西代表)井上五段「ワシやったら相手がトイレに立ったスキに、記録係にお茶くれ言うて、観戦記者がおったら『どうですかね』なんて話しかけて、その間にそっと左手で駒台の上に乗せますわ」
なるほど、人それぞれですなあ。え、私?きっと「お、こんなとこに歩が落ちとったわ。これは私の歩ですねえハッハッハ」と笑ってごまかしながら駒台に置くでしょうね。
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「オッチャン、ナニ持ってんの?」
「おっ、金と銀2枚とヒョコや」
「駒台に置いてーな」
を標準語にすると、
「あのー、何持ってるんですか?」
「金と銀2枚と歩です」
「駒台に置いてくれませんか」
と、雰囲気がだいぶ変わってしまう。
このようなところが関西弁の強みというか、関西弁の良さと言えるだろう。
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「ワシやったら相手がトイレに立ったスキに、記録係にお茶くれ言うて、観戦記者がおったら『どうですかね』なんて話しかけて、その間にそっと左手で駒台の上に乗せますわ」
自分の歩なのだからそこまで気を遣う必要はないのだけれども、いかにも井上慶太五段(当時)らしい回答。
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井上慶太九段と駒台というと思い出すのが、糸谷哲郎3級駒台置き間違え反則負けのエピソード(対戦相手は佐藤天彦1級)。
奨励会幹事だった井上慶太八段(当時)は、相手の駒台に自分が取った駒を置いてしまった糸谷3級の反則負けの裁定を下したが、これは相手の駒台に駒を置いたのが理由ではなく、糸谷3級が時計を止めたことが理由。
井上八段は、落ち込んでいる糸谷3級に「プロになったら、これが伝説になるんやから、よかったやないか」と優しい言葉をかけている。
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