将棋世界2001年5月号、森下卓八段(当時)の連載自戦記「次の課題」より。
この自戦記の連載が始まって、3年あまりが過ぎた。
今月号の原稿を書くにあたって、過去3年間の自戦記にあらためて目を通した。
この3年間で、少しは進歩しているのだろうか。
自問自答するには怖いテーマだが、一つ一つ振り返って自省した。
結論としては、確かに進歩しているし強くなっている。だが、3年前はプロ棋士としての基本的条件すら満たしていない状態だったので、強くなっていて当たり前だといえる。
問題はこれからだ。これからも果たして強くなれるのか、なれるとしたら、どんな方法があるのか……。
順位戦最終局の打ち上げのあと、佐藤康光九段と3時間も語り合った。テーマは2つで、一つは羽生善治五冠の強さと勝利の秘密。もう一つは我々はもっと強くなれるのか、強くなれるならば、どうしたら良いのか。この2つのテーマのみで、あっという間に3時間が過ぎてしまった。
私の門下で、今年の奨励会入会試験を受ける大西光君という少年がいる。大西君のような少年は、やり抜く意志を持ってミッチリ勉強すれば、一日ごとに強くなれる。かつての森下少年もそうだった。
しかし、現在の私や、まして佐藤康光九段が一段と強くなるのは容易なことではない。意志と努力は必須条件だが、十分条件かどうかは、なんとも言えない。
何かプラスアルファがあるのかもしれない。羽生五冠などはわかっているのであろうか。そのプラスアルファが才能だと言われれば仕方ないが。
ともあれ、いまの私にできることは、強くなろうとする意志と努力をより高め、強くなれると信じて試行錯誤を繰り返して進むしかない。
案外、遠からず道が見えてくる気がしているのだが。
(以下略)
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この日のA級順位戦最終局、森下卓八段(当時)は加藤一二三九段に、佐藤康光九段は谷川浩司九段にそれぞれ敗れている。
森下卓八段は4勝5敗で次期6位、佐藤康光九段は6勝3敗で次期2位(谷川九段に勝っていれば名人戦挑戦だった)、羽生善治五冠(当時)も6勝3敗で次期3位。
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将棋会館に残って打ち上げとは別の部屋で話していたのか、ファミレスまたは喫茶店のような所だったのか、居酒屋だったのか、とにかく、深夜から始まる打ち上げが終わった後、3時間も語り合えば朝になっている。
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どのような場合でも「羽生善治」という存在が大きかったことが分かる。
羽生世代がお互いに切磋琢磨を繰り返しながら実力を引き上げ合ってきたことは知られているが、それは例えばこの時のような事例がその背景にある典型例なのかもしれない。