ゼニになる将棋(後編)

1974年度A級順位戦、升田幸三九段(先)-大山康晴九段(棋聖)戦の最終回。

東公平さんの「名人は幻を見た」、ゼニになる将棋より。

(太字が東公平さんの文章)

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升田九段からの詰めろに対し、大山棋聖が△1二角と打った局面。

終盤に近いので駒割りは意味がないかもしれないが、この局面で升田九段の飛車損。

以下、▲2五銀△2四歩▲1四角成△2二玉▲2四銀△同銀▲同馬△2三歩▲4二馬…と進む。

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午後九時半になっている。升田は口をきかなくなった。大山は扇子をせわしなく動かしている。

いま△2五歩で升田のヤリを押さえつけ、大山の受けは成功したかに見えた。

ところが、▲2五同香△同銀の時、▲1六歩と突いたのが絶妙の一着で、升田は容易に指し切らないのである。

△1六同歩とすれば▲1四歩△同銀▲2四金の筋である。

考え込む大山。

モウモウと煙を出してタバコをふかす升田。

火がついたままのを灰ザラにほうり込む。それを大山が、湯のみをとりあげて、残りの茶をブシュッとかけて消す。

十二分考えて△8二飛。升田一分で▲1五歩。二枚替えでも、直後に▲8二飛を打てるからかまわん、と。大山小首をかしげ、△3一歩。打って、「ほんとに、ゼニになる将棋いう感じやなア」と観戦者に笑い顔で話しかけ、緊張(自身の)をほぐす。

以下、▲1四歩△3二歩▲1三金と進む。

(中略)

どちらも疲れ切っているようだった。大山は残り時間に追われはじめた。升田は必勝形をつくり上げた余裕で、冗談をいう。

「私はいくら使いました?」

「はい…三時間と…三十四分です」

「そんなに使いましたか。ああ、升田も老いたり!」

(中略)

午後十一時四分前に大山は投了した。会釈して「負けですね」といった。

「うん」

「途中で…一度切れてると思ったけどなあ」

「ぼくも、寄せをやり損のうとるよ。あとは闘志で指した」

「なんかあったな、あそこで」

感想戦は小一時間行われた。

(以下略)

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升田-大山戦を見ると、名局は二人で創り上げていくものということが実感できる。