将棋世界2005年5月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。
B級2組の昇級争いは、木村、土佐、野月の三人にしぼられている。前評判は順位の関係もあって、野月六段が不利だろうといわれていた。最終局の相手が強敵の屋敷九段ということもある。
将棋会館へ着き、荷物を置きに控え室に入ると、櫛田六段がいて「野月さんは順位戦になると、奇跡的に運がいいんだよな」などと言っている。奨励会時代も昇級の一番では運がよかったらしい。
たいして気にもとめずに大広間に行き、田丸八段対土佐七段戦を見ると、まだ駒組の段階なのに、土佐陣がよれている。
田丸八段は和服である。やる気を見せているわけで、それも土佐七段の気持ちを揺さぶったかもしれない。
(中略)
そうして夕食休みが近づくと、控え室の棋士達はいっせいに出た。対局者の食事場所になるからだ。がらんとした部屋に土佐七段が来た。うなだれて、形勢の不利が体全体にあらわれていた。出前のうどんが届けられると、自分で取りに行き、さっさと食べはじめた。嫌な所から早く帰りたがっているようだった。
夜戦が始まってすぐの7時14分、土佐七段は投げ、感想戦もそこそこに帰った。
こうして、野月六段に自力昇級の目が出てきた。櫛田君の予言通りになりそうである。また、土佐負けの瞬間、木村七段の昇級が決定した。それを知ってか知らずか、木村七段対杉本六段戦は、驚くべき粘着力を両者が出し合っていて、いつ終わるか見当がつかない。
土佐負けと、意外なことがあって、控え室もちょっとしらけてきた。楽しみは屋敷対野月戦だが、ここも長い中盤戦がつづいている。
例の老人席で休んでいると、木村君が出て来て、入り口の板の間でストレッチをはじめた。土佐負けだよ、と言うのははばかられたが、何となく気配で知っているようだった。木村、野月両君は、控え室に来て確かめる、といったことをしないタイプなのである。逆に、昼間から競争相手の様子を知りたがるタイプの棋士もいて(森九段がその代表)その割合は三対一くらいだろうか。知ろうとしない人が多い。
(中略)
22図から10手あまりで杉本六段投了。
木村七段は文句なしの昇級で、実力を見せつけた。さっきも言ったが、この人の粘着力たるや驚くべきものがあり、B級1組のベテラン達も手を焼くことになるだろう。B級1組の七段は強い、を実証するはずである。
午前0時近くになって、屋敷対野月戦も形勢が見えてきた。野月六段が最近にない格調高い指し方を見せてくれている。
(中略)
25図以下は特に記すこともなく野月快勝となった。先手陣はまったくきずがなく、屋敷九段もなすすべがなかった。
(以下略)
——–
将棋世界同じ号の、第63期順位戦昇級者(B級2組→B級1組)より。
- この1年の順位戦を振り返って
- 印象に残った一局
- いつ頃昇級を意識しましたか
- 最初に昇級を伝えたのは誰ですか
- 来期の抱負
- ファンの方へ一言
木村一基七段
- やっと上がれました。結果が出せて良かったです。
- 内藤九段戦。将棋で完敗した上に、その後の酒でも格の違いを見せつけられました。
- 可能性がある限り、常に意識して指しています。最初からです。
- インターネットの影響もありますが、いまだに自分からは誰にも伝えていません。
- 野月に頭ハネをくらわしてやる。
- いま現在、笑えて幸せです。
野月浩貴新七段
- 勝っても勝っても自力にならず、苦しい展開が続きましたが、最後の最後に報われる結果となり、よかったです。ラッキーでした。
- 対畠山鎮六段戦。ずっと浦野さんと対局すると思っていて、大阪に着いてからケータイで確認したら相手が違ってびっくり。2ヵ月連続大阪だったので、対局する順番を間違えて記憶していました。
- 最終戦の感想戦が終わるまで知りませんでした。
- ないしょです。ただ、札幌でおばあちゃんが入院しているので、この昇級を捧げたいです。
- かずきとトニー(行方)をいじめたい。
- いつもあたたかい応援ありがとうございます。
——–
たしかに、将棋会館の対局室がある4階の入り口の所の板の間ならストレッチができる広さだ。
深夜ならいろいろな活用法が考えられる。
——–
木村一基七段(当時)は「内藤九段戦。将棋で完敗した上に、その後の酒でも格の違いを見せつけられました」と答えているが、この時のことは内藤國雄九段も感想を述べている。
——–
木村一基七段と野月浩貴七段のインタビューはそれぞれ別のタイミングで行われたと思われるが、来期の抱負を、同じような視点で語っているところが面白い。
木村一基八段と野月浩貴七段と行方尚史八段は同じ歳で、1985年の第10回小学生将棋名人戦では野月少年が優勝、行方少年が3位、木村少年がベスト8という間柄。
→新婚2週間後の木村一基五段(当時)と夜の行方尚史六段(当時)
行方尚史八段がトニーと呼ばれることとなった経緯→ハッピー羽生、テッド森内、ケビン谷川、トニー行方
——–
この翌期の順位戦では、
木村七段が野月七段に勝ち行方七段に負け、7勝5敗で4位。
野月七段は行方七段に勝ち木村七段に負け、7勝5敗で5位。
行方七段は6勝6敗で7位。
頭ハネではないけれども、木村七段は抱負の通り、野月七段と同星で順位が1つ上という、頭ハネと同じような雰囲気のことを実現している。
野月七段は、句読点の付け方によって、
「かずきとトニー、をいじめたい」なら50%の目標達成率。
「かずきと、トニーをいじめたい」ならほぼ100%の達成率になる。