将棋世界2000年9月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。
前回も書いたが、今期のB級1組順位戦は、昇級争い、降級争い共におもしろい。
昇級争いは、A級から来た郷田八段、中原永世十段と、B級2組から上がった藤井竜王と三浦七段が有力とは、衆目の一致するところ。期待通り、1回戦はその4人がそろって勝った。
今日は2回戦が行われ、有力候補の中原、三浦が早くも激突する。
中原永世十段は、あらためて言うまでもない大棋士だが、その輝ける実績は今も物を言っている。B級1組は平均年齢が高く、中原永世十段と同世代の人が多い。つまり、さんざん負かし、コンプレックスを植えつけた人がたくさんいる。そういった人には顔が利くわけだ。ところが、藤井・三浦といった世代になると、中原の全盛時代を肌で知らない。もちろん、升田・大山・中原・米長といった大先輩の将棋は十分研究したし、天才ぶりと強さは認めているだろう。しかし、戦ってないから、強さを体が思い知らされていない。そこが若い人の強みでもある。
であるから中原永世十段にすればやりにくいところもあるが、ここで負かせば、やっぱりB級1組では格が違う、ということになる。もし勝てば、A級復帰へ半分くらい進んだ、というくらいのものである。
特別対局室に、藤井竜王対高橋九段戦と、中原永世十段対三浦七段戦が並び、大広間では桐山九段対郷田八段戦と、候補が4人そろった。
(中略)
いつのころからか、多分丸山名人の影響ではないかと思うのだが、三浦七段の対局中の身の回りが違ってきた。
横にずらりボトルが並んでいる。小生メモを取らないことにしているのだが、(メモがないと思い出せないようになったら筆を折るときだ)これは覚えきれぬとメモした。
大きいボトルから、飲料水、充実野菜のジュース、ネスカフェコーヒー、はちみつレモン、それにラベルが読みとれぬ小ビン2本、眼ぐすり、眠気ざましのガム、まだ何かあった気がするが、ともかく、これだけが回りに並んでいる。こんなのを見せつけられたら、たいがいの人は勝てる気がしないだろう。
念のため言っておくが、丸山名人はボトルを並べない。日常生活の面で、健康管理に気を遣っているらしく、三浦君はそれを見習ったのだろう。将棋にプラスするなら、なんでも試みてみる、の精神だ。また、島八段も小物を並べるのが好きだが、こちらは、お洒落の一つ、といった感じがする。
(以下略)
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丸山忠久九段が対局時に頭頂部に冷えピタを貼ったのを見て、三浦弘行八段(当時)は屋敷伸之九段との研究会の際にお互いに冷えピタを貼って効果を試した、ということが知られている。
また、丸山九段が対局中にカロリーメイトを食べるようになった後、三浦九段もカロリーメイトを対局時に採用している。
将棋にプラスになるなら何でも試みる三浦九段。
丸山九段が数々の盤外新手を繰り出したからかもしれないが、三浦九段は丸山九段のやっていることを自分で試してみることが多いようだ。
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対局時にミネラルウォーターを一番最初に持ち込んだのは森雞二九段だが、たくさんの飲み物を並べ始めたのは三浦九段ということになるのだろう。
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「ラベルが読みとれぬ小ビン2本」とあるが、これはゼナと思われる。
三浦九段の若い頃の愛用ドリンクだ。
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対局時に重装備をする現在の代表格は窪田義行七段だが、三浦九段の現在の装備を見てみた。
飲み物のボトルは並んでいないが、ポットが置かれている。
しかし、よく見てみると、丸山九段の脇にあるポットとずいぶん似ている。
両対局者にポットが用意されるようになったのかなと思い、他棋戦挑戦者決定戦を見てみると、
決してそうではないことがわかる。
たまたま自前のポットが似てしまったのかもしれないが、もしかすると丸山九段のポットに合わせたという可能性も否定できないところが、三浦九段の面白いところだ。