皇室と将棋

将棋世界1989年3月号、丸田祐三九段の「皇室と将棋」より。

 将棋がお好きだった、昭和天皇が、1月7日に崩御されました。

 天皇の将棋が知られたのは、昭和30年春、天皇と皇太子が将棋を指されて、皇后はじめ御一家がそれを御覧になられているのどかな風景が、宮内庁御貸し下げの写真にあってからです。盤面もよく写っていて、当時どちらがお強いのだろうかと局面を再現して話題になったものです。

 この年の4月、天皇と皇太子殿下に将棋の免状をお贈りしたらという話が起こりました。前年に、皇太子殿下の訪欧に随行し、船中で将棋の相手をした新聞記者からいわれたのが、初めてでした。

 30年4月4日付のほとんどの朝刊に報道されたので、木村十四世名人、渡辺名誉会長、萩原会長(いずれも故人)が、宮内庁に何度も足を運びましたが、当時の宇佐美長官が、「陛下も将棋はお好きで時折りお楽しみになっていられるが、格別段位のことはお考えになっていられないように思われる。だからこの際、そっとしてあげるのがよいのではないか」とのことでした。

 萩原会長は、「段位をお贈りするのは長官の内意に従って遠慮することになったが、いずれにしても陛下や殿下が、楽しみに将棋をお指しになっていることをはっきり伺っただけでも私達にはどれだけ嬉しいことか知れない」と語ったことが、本誌昭和30年の6月号に載っています。

 その後、昭和44年春には、天皇と浩宮様が六枚落ちで対局をされ、皇太子殿下や御一家が盤側から浩宮様を応援しているほほえましい写真が発表された。将棋界にとっては心強いことでした。

 昭和24年、第8期名人戦は五番勝負で行われ、最終局までもつれこんだ第5局は、皇居内の済寧館で行われ、木村名人が復位をしたわけですが、この時、陛下の御観戦が実現しなかったのはかえすがえすも残念でした。

 観戦といえば、昭和27年の名人戦第1局が、東京渋谷の初波奈で行われた時の1日目。訪問客があった。

 何人かの棋士の名前を受付の人が伝えにくるが、いずれもこの場所にはいないので、私が玄関に出て、失礼ですがどなたですかと聞くと、”秩父です”という。こんなにびっくりしたことはない。

 どうぞお上がり下さいというと、お付きの人を帰して一人対局室に入られた。

 対局の撮影に関してやかましい時代に時計を止めずに写真を撮った始めかもしれない。

 九段戦から優勝者に秩父宮杯を……。それが十段戦、そして竜王戦にと引き継がれている。

 宮様といえば、高松宮は東京新聞の棋戦で、殊勲賞に該当する棋士に高松宮賞をいただいた。優勝者と宮賞受賞者は、殿下と妃殿下と共に会食をするのが慣例となっていて、殿下の話題の豊富さは楽しかったが、いまは故人となられてしまった。

 毎年夏、天童で行われている中学生選抜選手権大会は、第1回大会以来、三笠宮寛仁親王殿下に御出席いただいている。

 殿下はかなり将棋がお好きな方で、今までも大山十五世名人、加藤名誉会長、他何人かのプロ棋士と将棋を指されている。

 天皇陛下も皇太子殿下も、棋士と対局されて、将棋のおもしろさ、芸の深さを味わってもらえたらと思っている。

* * * * *

「陛下も将棋はお好きで時折りお楽しみになっていられるが、格別段位のことはお考えになっていられないように思われる。だからこの際、そっとしてあげるのがよいのではないか」

真剣に考えれば、天皇陛下をはじめ、皇室の棋力を俗世間の物差しで位置づけるのは、個人的にはあまり味の良くないことだと感じる。

この宇佐美毅宮内庁長官(当時)の回答は、素晴らしい落とし所だったと思う。

まさしく、「いずれにしても陛下や殿下が、楽しみに将棋をお指しになっていることをはっきり伺っただけでも私達にはどれだけ嬉しいことか知れない」。

* * * * *

「将棋を世界に広める会」理事長の眞田尚裕さんは上皇陛下の御学友。

眞田さんが、以前、将棋ペンクラブ会報の新春対談で語られた、昭和天皇と入江相政侍従の次のエピソードが面白い。

昭和天皇が将棋を非常にお好きだったんですね。入江侍従をつかまえては将棋をやられる。入江侍従はたぶん昭和天皇よりも強かったけど負かすわけにはいかないので上手に負けていたのではないかと噂されています。本当のところはわかりませんが。「入江君は下手だねえ」とおっしゃったという話が可笑しいですよね(笑)

* * * * *

昭和最後の対局は、女流王将リーグの蛸島彰子女流五段対谷川治恵女流三段戦。

昭和最後の日の対局

平成最初の対局は、将棋世界誌上のお好み対局、村山聖五段-大山康晴十五世名人だった。

平成元年1月8日、大山康晴十五世名人-村山聖五段戦

* * * * *

今上天皇と将棋

大山康晴十五世名人の自戦記「殿下の将棋 対 三笠宮寛仁親王殿下戦」

原田泰夫九段「初級者や弱い人と指せば疲れませんが、強い人と指しますと疲れます」