2018年、トップページ以外で多く読まれた記事TOP50。
- 「皆の頭に浮かぶ人物、口には出さねど”あの男”。そう、他に誰がいるというのか」……神と呼ばれた伝説の匿名ネット棋士
- 佐藤康光棋聖「プライベートで会うことはありません。電話もありません」、羽生善治四冠「全くありません」
- 村山聖八段(当時)の急逝が将棋連盟に伝えられた日
- 先崎学六段(当時)「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」
- 超スピード昇段
- 藤井猛九段「こっちは優秀かどうかで戦法を選んでない。指してて楽しいかどうかなんだから」
- 「谷川先生が怒っているんですよ」
- 一手で勝負が決まってしまうとは思えないような中盤の局面
- 羽生善治竜王と林葉直子さんの再会
- 点のある・ない論争
- 林葉直子女流二冠への米長邦雄王将からの手紙
- あまりにも柔軟な奨励会員
- 糸谷哲郎3級(当時)の伝説、稲葉陽5級(当時)の伝説
- 「封じ手事件」の真相
- 先崎学八段(当時)「バカ野郎、棋士なんかやめちまえ!」
- 板谷進九段の夢と藤井聡太四段
- 芹沢博文九段「あれはたいした将棋じゃあない。あんな将棋指していたんじゃ、ろくなものにならないね」
- 藤井猛九段「おかしいなー。この変化に自信があるから、羽生さんはこっちを持って指したはずなんだけどなー」
- 大山康晴十五世名人「加藤一二三さんよりひとつ多くなったわけですね」
- 故・米長邦雄永世棋聖は言っていない「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」
- 「1億と3手読むという呼び名は伊達ではなかった」と言われた佐藤康光棋聖(当時)の読み
- 「史上初のハプニング」と言われた4人による名人戦挑戦者決定プレーオフ(1979年)
- 「ボク達を、もうA級じゃないと思っているんだよ」
- 「ダメです。元棋聖が記録係なんて、絶対ダメです」
- 「将棋指しにしておくには惜しい人材」と言われた棋士
- 第30回将棋ペンクラブ大賞
- 反則負け列伝
- 羽生善治七冠(当時)出題の詰将棋
- 破滅型の天才棋士
- 奨励会で3番目に強いと言われていた先崎学3級(当時)
- 藤井猛九段「三浦君、大盤解説まかせたよ」
- 「私がこんないい手指したのに、ずるい。私がお客さん楽しませたのに、賞金もっていっちゃってずるい」
- 「将棋のプロ棋士でぴったりの名前の人がいるやろ」
- 谷川浩司名人(当時)「その日、連盟に着くまでの私は、正にルンルン気分であった」
- 米長邦雄三冠(当時)「中原先生もこの将棋を負けてはいけませんねえ」
- 羽生善治七冠(当時)「15歳ぐらいの私なら経験の差で、何とかあしらえると思うんですけど(笑)」
- 藤井猛九段「考えてもそうは指さないよ。桂で取ると思ったね」
- 「あんた、相手が羽生だったら投げたでしょう」
- 森内俊之竜王・名人(当時)「結婚を前にした人には勝てませんでした(笑)」
- 中井広恵女流二冠(当時)「10年後なんて、どうなってるかわからないじゃないですか。えっ、自分が生きてると思ってるんですか?10年後に」
- 「将棋やってる若い子って、皆ああなのかしら」
- 「その王手飛車が敗着でしょ」
- 「深浦2級は”なかなか強い”と有段者にもマークされている」
- 最短手数の将棋
- 先崎学八段(当時)「すべてはふたりが変えたのだ。あの時から将棋界は変わっていったのだった」
- 信じられないような逆転勝ち
- 関東奨励会期待の星・羽生善治三段(当時)
- 佐藤康光棋聖(当時)「最近、どうも変だ。調子が良い悪いということではなく、頭大丈夫?という事件が起きたからである」
- 高名な数学者が語った「将棋でポカが出る理由」
- 森信雄六段(当時)と山崎隆之少年
それでは皆様、よいお年を。